「あまり、音は立てないでくださいね。明確にあなたに話しかけてくる者がいない限り、声も極力出さないで」
「注文が多い」
「申し訳ありません。でも、鼾をかかないのなら、眠っていても構いませんよ」
「無茶を言う……」
「では」
幽霊はにっこりとこちらに笑いかけた。
「いずれまた、お会いしましょう」
木箱の蓋が閉じられ、ついで、トラックの荷台の扉が閉まる重々しい音が響き渡る。
真っ暗で何も見えない。
視角が閉ざされるとその他の感覚が研ぎ澄まされるのか、埃と木材の匂いが強く感じられる。しばらくすると、ぱたぱたと駆ける軽い足音と、エンジンのかかる音がして車体が震えた。「バックします。ご注意下さい」という街中で聞き慣れたボイスアラームと共にゆっくりと動き始め、いくらもしないうちに停まってしまった。
トラックの扉が再び開かれる。
木箱には隙間が空いていたようで、細く光が入ってきた。
首を捻り、隙間に目を近付けて外を窺うと、帽子を深く被ったツナギ姿の男達が、手馴れた動作で荷下ろしをしていた。位置的に、今視界に入っているのは先ほどトラックがつけていたガレージの内部だろうが、その背後、並べられた荷物の隙間から見えた光景にはじめは目をぱちくりさせた。
白熱電球に照らされた室内の、その向こう。木箱が大量に置かれた倉庫の奥には、ぽっかりと洞穴が口を開けている。
自然に出来たものではないだろう。坑道のように、人工的に削って作られた通路のようだ。奥に続く線路やトロッコのような物まで見えたが、はじめの入った木箱がスライドしてトラックから下ろされると、他の木箱の陰に隠れて何も見えなくなってしまった。
あの通路は何なのか。いつまでこうしていればよいのか。あまりに同じ姿勢でいるとどこか痛めそうだな、などと思っているうちに、荷下ろしが終わった。
金属のこすれるような硬い音がして、はじめの体が大きく揺れる。そこで、自分の入った木箱がトロッコに積み込まれたことを知った。
2025.03.14(金)