環境問題を重視した市長の暗殺事件がきっかけに

――映画はとても美しかったです。舞台となるタイの南部は、主人公一家のようにイスラム教徒が多いそうですが、映画で描かれているようにとても保守的な地域なのでしょうか?

 はい。タイは仏教徒の国だと思われがちですが、タイの南部でもマレーシアに接している最南部エリアはムスリム(イスラム教徒)が主流です。ただ、この映画を撮ったソンクラーという街は最南部の少し手前なので、さまざまな文化がミックスされているんです。

――映画の中で、海岸に防波堤を建設したことによる環境破壊問題と、それにまつわる市長の暗殺事件が言及されますが、詳しく教えていただけますか? 

 2011年ごろにこのエリアで、海岸侵食と防潮堤に関してのドキュメンタリーを撮っていたんです。そこで当時のピーラ・タンティセラニー市長にインタビューをしました。市長は環境問題を重視し、防波堤の建設に反対していました。建設には様々なお金が動いており、賛成派にとって彼は邪魔者でした。そして市長は殺されてしまったんです。暗殺です。

――監督がこの映画を作るきっかけの一つがその事件だったわけですね。

 はい。市長の暗殺は、一番最初の動機づけになりました。その後、様々な個人的なことも加わってくるのですが、この防波堤というのは人生のメタファーだと思っています。元々、防波堤は砂浜が激しい波に侵食されるのを避けるため建てられたのですが、でも実際にはそれによって海が侵され、砂は流出してしまい、また防波堤を建てることになっていく。悪循環です。人間も同じですね。

 宗教が違う人や、ジェンダー観が違う人を避けるために壁を築くと、結局問題はどんどん悪化し、また壁を築く。そのように壁を築くことによって、本来の自分ではなくなっていく。

――シャティとフォンを演じた二人の女性からは、どのような反応や意見がありましたか?それらは映画に取り込んだのでしょうか?

 二人とは最初からたくさん話をしました。特にシャティを演じたアイラダは彼女自身もムスリムですから、この役を演じることによってイスラム・コミュニティの中で問題になったりしないか、ということは当初気にしていたので、その不安を解消すべく色々と話をしました。三人でディスカッションをするうち、彼女もこの話は世界に伝えるべきだ、自分で演じて発信したい、と言うようになりましたし、実際彼女のアイディアを脚本に取り込みました。

 大学進学に際してのおばあちゃんの話が出てきますが、あれは演じた彼女自身の話でもあります。よきムスリムになれるのか、ということに彼女自身も悩んだことがあるそうで、そこが映画の中にも出てきます。

 おそらく多くの人が、この映画の監督を女性だと思う理由の一つは、演じた彼女たちの話を取り入れていることに加え、撮影監督も編集者も女性だということにあると思います。作り手の私のジェンダーにとらわれない、ニュートラルな映画にしたかったので、女性スタッフに多く入ってもらいました。女性たちの意見に耳を傾けましたし、主演の二人が常に快適であるように努めました。どのシーンでも二人にどう感じるかを聞きましたし、二人の関係性を築くための演技ワークショップを事前にしていたので、とても気持ちの良い現場になりました。

2025.01.28(火)
文=石津文子