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韓国の近現代史を顧みるポリティカル・ノワールの成長

 韓国で昨年11月に公開され、1300万人の観客動員を記録した映画『ソウルの春』。この作品は、1979年10月26日に、独裁者とも言われた朴正煕大統領が、自らの側近に暗殺された出来事から始まる。韓国ではここ10年程の間、近現代史を元にした映画が続々と作られているが、1979年の大統領暗殺を元に作られたのがウ・ミンホ監督の映画『KCIA 南山の部長たち』であり、『ソウルの春』はその直後のことがフィクションを交えながら描かれているのだ。

 韓国では2010年代半ばあたりから、社会問題を盛り込んだノワールと呼ばれる一群が制作されるようになり、また韓国の近現代史を顧みるポリティカル・ノワールも増え始め、その観客動員数も500万人……1000万人……と徐々に支持を集めるジャンルへと成長していった。また、史実を元にした作品が次々と作られることで、観客はパズルをひとつひとつ組みあわせているような感覚で、韓国の歴史を知ることができている。

 しかし、コロナ禍になったことで、劇場で映画を見る人が激減し、1000万人を超えるヒット作が生まれなくなったが、2022年の5月に公開されたマ・ドンソク主演の『犯罪都市 THE ROUNDUP』が韓国で実に三年ぶりに1000万人を突破。

 一方、アクションとともにヒットの定番ジャンルであったポリティカル・ノワール作品の多くの制作はストップし、公開作も以前に比べて減ってしまった。このジャンルは公開されれば1000万人のヒットが期待されるからこそ、韓国のトップクラスの俳優がこぞって出演するし、時代設定もあり製作費もかさむ。

 移り変わりの激しい韓国で、もはやこのポリティカル・ノワールは過去のようにヒットを生み出し続けるジャンルではなくなったのかと思っていたところに公開されたのが『ソウルの春』であり、2023年の11月に公開されると、またたくまに1300万人の動員を記録した。このニュースは、韓国映画が低迷を脱したことを感じさせるのと同時に、ポリティカル・ノワールの復活も感じさせた。

 この『ソウルの春』を監督したキム・ソンスにインタビューした。監督は『アシュラ』(2016年)などノワール映画を数多く手掛けてきたが、史実を元にしたポリティカル・ノワールを撮ることには慎重で、2019年の秋にこの話を制作会社の代表から持ちかけられたときには丁寧に断ったこともあったという。しかし、翌年の夏にはシナリオを手に取り、⼀つの軸を据えて脚色作業に没頭して完成に至った。制作をしていたときに監督はここまでのヒットを予測していたのだろうか。

2024.08.09(金)
文=西森路代