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30分ほど待ち、ようやく入店の順番がめぐってきた

 「川勝くん」とは故・川勝正幸さんのこと。映画や音楽を中心とするポップカルチャーの分野で活躍していたエディター&ライター。松本さんとは90年代半ばに雑誌『BRUTUS』の取材で知り合って意気投合。それからは、松本さんの「知恵袋」として、公私にわたって親しく付き合うようになった。ちなみにわたしは、そんな川勝さんの唯一の部下。ブラブラしていたところを川勝さんに拾われたのが96年ぐらいのことだった。松本さんと初めて会ったのもその頃。「うわ、聖子ちゃんの松本隆! ホンモノだ!」とドキドキしたのをよく覚えている。

 30分ほど待ち、ようやく入店の順番がめぐってきた。「どうぞお入りください」と店内から出てきたのはマスター堀内さん。「あれ、松本さんじゃないですか!」。「ご無沙汰。今日はこの辺をぶらぶらしてたから、堀内さんにも会っておこうと思ってさ」。「うれしいです。ぼく、明日が誕生日なので、いい誕生日プレゼントになります」。「そうなんだ。おめでとう。じゃあ、ぼくは、名物の『パフェ ディモンシュ』をいただこう。あと、コーヒーも」。

 老若男女、幅広い年代のお客さんで賑わう店内。カウンターのそばには、オープン30周年記念のTシャツが飾られている。

「そうか、30年経つんだ。あっという間だね。……そういえばさ、昔はchappie(チャッピー)がディモンシュの看板娘として働いていたことがあったよね」

 chappieとは京都出身のデザインチームgroovisions(グルーヴィジョンズ)が生みだした人型キャラクター。「ディモンシュで働いていたchappie」とは、それを立体化した実寸大のマネキンドールのこと。髪型と洋服を着せ替えることで男の子にも女の子にも見えるという、当初は現代アート作品として発表されたもので、そのコンセプトを面白がった川勝さんが、雑誌などで取りあげるうちに90年代後半のポップカルチャーアイコンとなり、99年には歌手としてCDデビューも果たした。

 chappieを気に入った松本さんは、3枚目のシングル「水中メガネ/七夕の夜、君に逢いたい」で詞を書いた。ちなみに、「水中メガネ」は草野正宗作曲、「七夕の夜、君に逢いたい」は細野晴臣作曲(編曲はTIN PAN ALLEY!)。そういえば、chappieの詞も舞台は湘南。やはり、松本さんが書く恋の歌には欠かせない場所のようだ。

水中メガネで記憶へ潜ろう
蒼くて涼しい水槽の部屋
あなたの視線に飽きられちゃったね
去年は裸で泳いでたのに
――「水中メガネ」

綺麗だね あれが江ノ島
浮かんでる円盤みたい
帰りには手をつなごうか
海沿いの路面電車で
――「七夕の夜、君に逢いたい」

2024.11.17(日)
文=辛島いづみ
撮影=平松市聖