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「風街」を走る路面電車

 風街行きの路面電車の停留所は、きみの家のすぐそばにある。きみが昔、壁にロー石で描いた、停留所のらく書きが、まだ残っていないか探してみることだ。――松本隆『風のくわるてつと』より

 「次は、風街の路面電車を見に行こうよ」と松本さんは言った。「宮谷さんの絵と同じ視点に立ってあの風景を見てみたいんだ。絵を描いてもらって五十数年経つけれど、ぼくは実際の場所を訪れたことがないんだ」。

「え、あの場所って実在してるんですか?」。わたしは少々驚いた。

 というのも、長年、はっぴいえんどファンの間で論争になっているのが、セカンドアルバム『風街ろまん』(1971年)の見開きジャケットの内側に描かれている路面電車はどこを走っているのか、という問題なのである。イラストを描いたのは漫画家の宮谷一彦さん。

 宮谷さんの漫画のファンだった松本さんが、「路面電車の絵を描いてほしい」と依頼したもので(注:カバージャケットの4人の肖像画も宮谷さん。写真家・野上眞宏さんが撮ったポートレイト写真の上から描いている)、電車の方向幕に「新橋」の表示があることから、1960年代初頭の霞町交差点(現在の西麻布交差点)付近を走る6番(新橋〜渋谷間を結ぶ)の都電を描いたもの、といわれてきた。

 実際の地図を重ねてみると、道の形状が少々違ってはいるものの描かれているのは霞坂で、東京の街が塗り替えられる以前の、1967年に6番系統の路面電車が廃止されて以降、見ることができなくなった風景である、というのが定説だった。

 「でもね、みんな熱心に研究してくれているんだけど、実際はそうじゃない。種明かしをしようか」と松本さん。

2023.11.28(火)
文=辛島いづみ
撮影=平松市聖