実は、著者は『PRIDE─プライド 池袋ウエストゲートパークX』(二〇一〇年刊)でシリーズ第一期を完結させ、四年後に『憎悪のパレード 池袋ウエストゲートパークXI』で再始動を果たした。その際、冒頭で〈池袋のマジマ・マコトも、もう二十代後半になった(正確な年は秘密だ)〉と記し、以降は、第一期にはあったマコトが歳を重ねる描写をシリーズから排除している。主人公が二十代後半で留まり続けることもまた「どの巻から読んでも大丈夫」の安心感に寄与している、と言い添えておきたい。
以上の文章は「この巻から読んでほしい」理由でもあるのだが、より具体的に本巻の推しポイントを記しておきたい。第一編「常盤台ヤングケアラー」は、マコトがコロナ禍真っ只中のクラブでサチという少女と出会うところから始まる物語。ネット売春アプリの元締めに目をつけられていた彼女は、若くして祖母の介護を引き受けるヤングケアラーだった。この一編には、マコトらしさ、シリーズらしさが詰め込まれている。マコトは少女に何をしたのか。彼女の話にじっくりと耳を傾けたのだ。そのうえで、彼女がやりたくないことは何かと小さな問いを投げかけた。言葉を何よりの武器とするこのハードボイルド探偵は、相手の言葉を聞きとどける力、語りださせる力の持ち主でもある。
この主人公の脳内には、速い回路と遅い回路、二種類の回路が存在することも、この一編からよく分かる。例えば敵対する相手には、速い回路を利用する。相手の人間性の解像度が高くない(対話関係にない)からと言って、情報を集めるために時間を費やしていたら事態が悪化してしまう。その場合は、悪賢い奴ならこう考えこう行動するだろうという経験値による類型から推察する、速い回路で対応する。しかし、自分の目の前にいるたった一人を救うためには、遅い回路を使うほかない。誰しもに効果のある万能の言葉など存在しないと認めたうえで、どんな言葉が届くのかと時間をかけて模索するのだ。第一編が感動的なのは、そうした時間の厚みがスルーされず作中に書き込まれている点にある。〈こんなに重い話をきいて、おれに救命ボートなんて出せるのだろうか〉〈おれは自分が追い詰められていることを知った〉〈おれは息を詰めてきいていた。おかしな慰めなんて、どうにもならない〉。そうしたモノローグが積み重なっていった先に、マコトはある言葉を放つ。それは、相手の言葉をしっかりと聞いてきたからこそオーダーメイドできた、目の前のたった一人のための言葉だった。
2024.09.19(木)
文=吉田 大助(書評家・ライター)