宗教と経営をつなぐべき第三の意味は、実は世界を見渡せば、我々のビジネス・経営観念は、宗教の視点が前提としてインストールされている、ということだ。ビジネスは、そもそも様々な経済・社会を前提に行われている。異なる国では、異なる経済・社会背景があり、それらは圧倒的に宗教の影響を受けている。つまり、知らず知らずのうちに我々のビジネスの基本思考や基本動作には、宗教の考えが埋め込まれているのだ。

 たとえば、アメリカという国の本質を理解したければ、キリスト教プロテスタントのカルヴァン派の影響の理解が不可欠だ。本書第六章で池上さんが語るように、アメリカは、我々が想像する以上にカルヴァン派思想で規定されている。アメリカに仕事で行った経験のある方なら、あの激しい競争社会や、貧富の格差に愕然とした方も多いはずだ。なぜアメリカはあそこまで競争社会なのか、なぜ経営者が巨額の報酬を得ても誰も文句を言わないのか……これも実は、カルヴァン派の理解なしには読み解けない。

 さらに、今後の世界はイスラム経済の台頭が不可避である。イスラムというと中東のイメージが強く、縁遠く感じる方もいるかもしれない。しかし、日本の今後の重要な経済パートナーになる一国は、東南アジアの人口三億人のインドネシアであり、同国は国民の大半がイスラム教徒である。同じく東南アジアのマレーシアは、いま「イスラム金融」のハブになる国家戦略を立てている。本書第五章で述べるように、イスラム経済は西欧の資本主義とは異なる考えを持っているため、その理解なしには対応できない。

 このように、宗教とは我々のビジネス・経済活動の基盤である「オペレーティング・システム」(OS)のようなものなのだ。パソコンのWindowsとmac OSが全く異なるように、あるいはスマートフォンのAndroidとiOSの使い勝手が違うように、宗教を背景とした社会・経済はそれぞれ異なるOSでできている。このOSの違いを知らないまま同じアプリケーションを動作させても、機能しないのである。

2024.07.30(火)