本書の語り手は、ジェイミー・コンクリンという少年である。いや、正確に記せば、少年時代の出来事を、二十二歳の青年になったジェイミーが回想するスタイルを取っている。原題の"Later"とは「後になって」といった意味合いだ。

 ジェイミーは子供の頃から、文芸エージェントをしている母のティアと二人暮らしをしており、父の顔は知らない(キングは二歳の時に父が失踪し、母によって育てられた。恐らくその経験を反映して、彼の作品には片親の家庭がよく登場する)。ある日、六歳のジェイミーが母と一緒にアパートメントに帰宅すると、隣人のバーケット教授から妻が死んだと告げられる。だが、ジェイミーには死んだミセス・バーケットの姿が見えていた――夫のすぐ傍に。しかも、ミセス・バーケットが語りかけてくる言葉も聞こえていたのだ。その場にいるティアやバーケット教授には聞こえない死者の声を。

 実は、ジェイミーが死者の姿を見たのはこれが最初ではない。特に恐ろしかったのは、幼稚園児だった四歳の時、交通事故死した男の血まみれの姿を見てしまった体験だ。そしていつしか、ジェイミーは死者たちがをつけないことに気づいていた……。

 著者の作品には、成人した主人公が若き日の出来事を回想するスタイルのものが幾つかある。年老いた編集者デヴィン・ジョーンズが、四十年前の学生時代に体験した連続殺人犯との対決を回顧する『ジョイランド』(二○一三年)などがそれだ。

『ジョイランド』は、著者がHard Case Crimeから刊行した二冊目にあたる。Hard Case Crimeとは、チャールズ・アルダイ(自らもリチャード・エイリアス名義で『愛しき女は死せり』などを執筆)が二○○四年に創設した小出版社で、埋もれたパルプ・ノワール小説の復刊と、ハードボイルドの次世代を担う作家の新作を出版することを目的としている。アルダイは当初、キングにこの出版路線を宣伝してもらえないか相談したところ、キングは推薦文を書くのではなく新作を書き下ろすことで協力要請に応えたという。こうして上梓された一冊目が『コロラド・キッド』(二○○五年)だが、この作品も二冊目の『ジョイランド』も、版元のカラーに合わせてミステリ色が濃い仕上がりとなっている(大作ホラー路線ではない、適度な長さの小説であることも共通する。ただし、『ジョイランド』はハードボイルドやノワールのイメージとはかけ離れた、ほろ苦い青春サスペンスという印象が強いけれども)。

2024.07.24(水)
文=千街 晶之(ミステリ評論家)