死者の姿が見えたり、その声が聞こえたり……といった設定のホラーやミステリの前例は数多く存在する。代表的なのが前世紀末に公開されたある映画監督の出世作であり、本書にもタイトルを出すことなくその映画に触れた箇所があるけれども、死者がをつけないというルールの導入によって、かえって先が読めない物語を構築している点が流石である。また、他の死者たちとは異なる力を持つセリオーとの対決を経ることで、ジェイミーの心が悪に支配されてしまうのではないかという可能性が仄めかされるあたりも読者の不安を誘う。

 既に述べたように、本書の原題"Later"は「後になって」という意味である。読者の側からすると、少なくとも二十二歳の時点まで生き延びているということは、この主人公が作中の事件が原因で死んだりはしないと推測可能である。ならばサスペンスが減殺されてしまうのではないか……などというのは杞憂というもので、主人公が最後まで無事であることが想像できても緊迫感を最後まで保たせるのがキングの名人芸なのである。老いてなお盛んな彼の円熟の境地を、この一冊からも存分に味わえるに違いない。

死者は噓をつかない(文春文庫 キ 2ー71)

定価 1,650円(税込)
文藝春秋
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2024.07.24(水)
文=千街 晶之(ミステリ評論家)