もともと、『ミザリー』(一九八七年)や『ドロレス・クレイボーン』(一九九三年)など、スーパーナチュラルな要素がないサスペンス小説もしばしば発表していたキングだが、ベヴ・ヴィンセント『スティーヴン・キング大全』(二○二二年)によると、子供の頃「母親が読んでいた〈ペリー・メイスン〉シリーズ(引用者註:E・S・ガードナーによる、弁護士ペリー・メイスンを主人公とするリーガル・ミステリ)は、あまりにスタイリッシュかつ人工的でキングの肌にあわなかったが、アガサ・クリスティーの推理小説は大好きだった。とはいえ、キングにはクリスティーのような細かいパズルの組み立て方はわからなかった」(風間賢二訳)という。実際、キングのミステリは犯罪小説やサイコ・サスペンスに近いものが多く、フーダニットの形式を踏まえているのは『ジョイランド』くらいだろう。キングはこの『ジョイランド』を発表した時期あたりから、退職刑事ビル・ホッジス三部作の第一作『ミスター・メルセデス』(二○一四年。翌年にエドガー賞長篇賞を受賞)のように、次第にミステリを意識した作品を手掛けるようになってゆく。二○二○年代の作品では、「最後の仕事」を遂行するため小説家になりすまして田舎町に潜入した殺し屋を主人公とする『ビリー・サマーズ』がその代表だろう。

 Hard Case Crimeから刊行された三冊目の本書もまた、ミステリ的な要素が含まれた小説であり、同時にジェイミーが冒頭で「これはホラーストーリーだと思っている。読んで確かめてみてほしい」と述べている通りホラーでもある。ただし、それが顕著になるのは中盤になってからだ。

 ジェイミーの母ティアには、リズ・ダットンという友人がいる。刑事である彼女は、ティアからジェイミーに特異な能力があることを聞かされ、それを犯罪捜査に利用できるのではないかと思いつく。折しも、サンパーと名乗る人物が十数年前から爆弾事件を繰り返し、多くの死者・負傷者が出ていたが、警察がやっとサンパーの正体がケネス・セリオーなる男だと突きとめたのも束の間、彼は自殺してしまったのだ。あと一カ所に爆弾を仕掛けたままにしていると言い残して……。

2024.07.24(水)
文=千街 晶之(ミステリ評論家)