裏切り者は誰か。情報はどこから漏れているのか。信頼できるのは誰なのか。そのサスペンスたるや、そして驚愕の真相たるや、まさに巻を措く能わずである。
主への忠誠に、家族を思う気持ち……人間ドラマにも注目
と同時にこれは「忠誠とは何か」の物語であることにも気づかれたい。兄を推す一派には、兄に心からの忠誠を捧げる者がいる。一方、若宮にもそういう味方がいる。自らの家に忠誠を尽くす者もいる。そして雪哉の忠誠心は、自らの故郷・垂氷とその家族にある。
忠誠心とはすなわち、相手の幸せを願う気持ちのことだ。では相手の幸せとは何なのか。
このテーマはお家騒動にとどまらない。たとえば親子。子の幸せを願って親が叱ったり褒めたりしても、それが本当に子のためになっているかは別というような例は、あなたの周囲にも多々あるだろう。
雪哉はまだ子どもである。彼は自分なりに精一杯誰かのことを考え行動するが、周囲もまた雪哉のことを思っている。それが必ずしもイコールで結ばれないところが問題。自分に求められることと、自分が求めることの齟齬。そのどちらが本当に大切な人のためになるのかという迷い。これは雪哉が周囲の人の思いを知ることで自分を見つめ直す成長物語でもあるのだ。
若宮と兄宮、雪哉とその兄弟という二組の兄弟のあり方にも注目されたい。『烏は主を選ばない』は、心から相手のことを大事に思う、そんな人々がそれぞれ最良と信じる道を選び、進む物語なのである。
さて、ここまで書けば、もうひとつの不安――レベルを維持できるのか、ということもまったくの杞憂であったことは明らか。そもそも、第一作完成時にはすでに第二作もほぼ出来上がっていたわけだから。いや、もうシリーズ全体の構想すらできているというのだから! 何も心配は要らなかったのである。
さて、私は冒頭で「おそらく」と書いた。このシリーズは本物だ。おそらく――と。
なぜなら、ここまでの二編は、実は序章に過ぎないからなのだ。次代の金烏がお家騒動を鎮めお后を選び、さあ話はこれからだ、というところなのである。見ようによっては、まだ話は始まっていないのだ。
2024.06.12(水)
文=大矢博子