姫君たちが暮らしていた御殿ではさまざまな事件が起きたが、そんなもん、はっきり言って若宮の態度ひとつで防げた悲劇ではないか。だいたい、三角関係にしろ嫁姑問題にしろ、ひとりの男をめぐる女の闘いなど、その男さえしっかりしていれば大抵の問題は解決するのだ。それがまったく姿を見せず、最後の最後に出てきて美味しいところだけかっさらうってアンタ、どうなのよ、それ。
レベルを維持して書き続けられるかという不安。第一作に対する、若宮の描写欠如という不満。
この不安と不満を『烏は主を選ばない』は一瞬にして跡形もなく吹き飛ばしたのである。驚いた。唸った。
まず、第一作に若宮がほとんど出てこないことの不満については、ええ、そりゃもう、本書を読んで納得しましたとも。
若宮、こんなことになってたのか! そりゃ来られんわ。来てる場合じゃないわ!
本書は「女たちがお后選びで火花を散らしていたその時、若宮は何をしていたか」の物語だったのである。つまり、『烏に単は似合わない』と『烏は主を選ばない』は同じ時間軸を別の視点から描いた、対になる話なのだ。『烏に単は似合わない』に若宮からの使いが登場したが、同じ場面が今度はその当人の視点で綴られるのである。あったあった、この場面、と思わず前のめりになった。
こう来たか。もう、読みながら声に出して言ったね。こう来たか! 阿部智里、おまえ、こう来たか!
阿部智里はインタビューで「まだ清張賞に応募する前の段階では、ふたつの作品を組み合わせて同じ時間軸で、同じ事件を男性と女性の視点から、交互か、あるいは前と後ろでたおやめの章、ますらおの章と分けて書くつもりでした」と語っている。
そもそもが、ひとつの物語だったのである。しかし彼女はそれを分けた。大正解だ。何より、テーマが違う。
ここでやっと本書のあらすじが紹介できる。われながら前振りが長くて申し訳ない。
2024.06.12(水)
文=大矢博子