それだけみればこてこてのファンタジーだが、舞台設定は日本の中世に近い。朝廷があり、貴族や豪族の身分制度があり、女性は政治の道具に使われる。服装は私たちが知っている日本の着物とほぼ同じ形式のようだし、移動は徒歩か、でなければ馬(という名前の烏)。四季の存在や月日の概念も、桜などの植生も共通だ。武器は刀か弓矢。さらに言えば、どうも我々と同じ文字を使っているらしいし(第一作に「あせびは馬が酔う木と書く」というくだりがある)、ちょっと先走るが第三作を読めば長さの単位は尺、時間の単位は刻が使われていることがわかる。

 烏に変身できる、ということ以外は、まるで平安王朝サスペンスを読んでいる気分で、すんなり物語に入れるのが、広く受け入れられた理由のひとつだろう(今、さらりと書いているが、この設定は実は第三作以降で意味が出てくることなんじゃないかなーという気がするので、覚えておいてくださいね)。

 

 さて、本書『烏は主を選ばない』は、『烏に単は似合わない』に続く山内を舞台にしたシリーズ第二作である。

 前作は、次の金烏となる若宮のお后候補の姫たちが、東西南北の四家から登殿するという物語だった。華やかな女のバトル。后決めは姫たちによる代理政争であり、恋愛小説であり成長小説であり、そして何より、あっと驚くミステリでもあった。

 阿部智里はこの『烏に単は似合わない』で第19回松本清張賞を受賞、20歳の現役女子大生作家として文壇に元気よく(本当に元気よく!)飛び込んできた。

 読み始めてすぐに時間を忘れ、没頭したことを覚えている。すごいのが出てきたぞ、とわくわくした。「今度は乗り遅れずに済んだぞ」と思ったのはこの時だ。

 しかしその時点では、作品はまだ一作のみ。このレベルを維持できるのか。書き続けていけるのか。その判断はできなかった。

 しかも『烏に単は似合わない』を読んだとき、私にはひとつだけ、不満があったのである。それは「若宮、何してんだ?」ということだ。自分のお后選びなのに、まったく姿を見せないんだから。

2024.06.12(水)
文=大矢博子