「ぼんくら」な側仕えと「うつけ」の若宮……と思いきや

 本書は北の領地、垂氷の郷長の次男、雪哉が主人公だ。まだ元服前の少年である。学問は弟に追い抜かれるし、剣の腕は一瞬で降参するしのぼんくら次男として有名で、周囲は雪哉の先行きを危ぶんでいた。「武家の子というに、情けないのう。お主には、野心というものはないのか」と問われ「塵ほどもありませんね」と即答してしまうような少年なのである。ところがひょんなことから、このぼんくら雪哉が、中央で若宮さまの側仕えになることに。

 一般の少年なら大出世であるその役目も、雪哉は嫌で嫌で仕方ない。ところが出仕してびっくり。若宮は噂以上の奇矯な人物だったのだ。自分勝手だししきたりは破るし、花街や賭場へも出入りしているらしい。この若宮、うつけと評判なのである。

 

 と、この紹介を読んだだけでも勘のいい人は気付くだろうし、本編を読み始めればすぐにわかることなので書いてしまおう。

 古来、物語において、織田信長の例を引くまでもなく、うつけと呼ばれる人物が本当にうつけだった例しはない。中村主水の話を出すまでもなく、ぼんくらと評される人物が芯からぼんくらだったなんてこともない。

 というわけで、実はぜんぜんぼんくらじゃない雪哉と実はまったくうつけじゃない若宮の、抱腹絶倒の掛け合いがまずは本書の魅力だ。次の金烏、つまりは皇子に向かって田舎貴族の次男坊が「馬鹿か、あんた」と突っ込むのである。何度吹き出したことか。

 この雪哉がもう、べらぼうに可愛い。賢いし機転は利くし、くるくるよく動くし。そんな雪哉をサドっ気たっぷりに追い込む若宮(もちろん意味はある)もまた、読んでいてにやにやしてしまう。いやもう、萌えるわー。

 しかしもちろんその裏では権謀術数が渦巻いているのだ。若宮がお后選びに一度も足を向けなかった最大の理由。それはお家騒動の真っ只中にいたからなのである。若宮の兄を次の金烏にと推す強力な派閥があり、その中でも過激派は若宮の命を狙っていた。若宮のそばにいるのは雪哉と、もうひとり、若宮の幼馴染で武に長けた澄尾だけ。こんな状態で自らの命を守り、敵対派と対峙していたのだ。

2024.06.12(水)
文=大矢博子