この記事の連載
- 杏インタビュー #1
- 杏インタビュー #2
人生って残酷な気もしますね
――日常では会話もままならない孝蔵が、ある夜、長年抱えていた本心を言葉にし、慟哭する場面が圧巻でした。
父親から優しい言葉をかけてもらったことなどないと千紗子は思い続けてきたんです。でも、子どもはそう感じていたとしても、親の思いはまた違うっていうこともすごくあるだろうなって、自分も親になってみて思います。
それにいつ気付くかは人によって違うけれど、千紗子の場合は父親が認知症になって初めてそれに気付いたし、父親もそういう状態にならなければ口にできなかったかもしれない。そう考えると、人生って残酷な気もしますね。
――孝蔵役の奥田瑛二さんとは初共演でしたね。
そうですね。奥田さんは、現場でもずっとあのキャラクターを抜かない状態でキープされていたんです。その没入ぶりが本当にすごかったですし、そのおかげで私も孝蔵の印象のまま、現場でいることができました。
――一方、中須翔真くんとの共演はいかがでしたか?
翔真くんは年齢的にも子役というより、ちゃんと自分で演技プランを持って演じている役者の一人でした。周りから見たらしっかり演技できているのに「うまくできない」って言って悔しがったりして、私がケアしてあげなきゃって思うような存在では全然なかったです。本当にしっかりしていて、奥田さんと翔真くんと私の三本柱で進めていくことができた映画でした。
――川釣りなどの牧歌的な場面もあり、重いテーマの中で救いになりました。杏さんも「現代のおとぎ話みたいだと思った」と語っていますね。
想像でしかありませんが、千紗子は本当におとぎ話というかおままごとみたいな時間を過ごしたんだと思うんです。学校の手続きとか煩雑なことは一つもなく、社会から隔絶され、なんというか楽しいところだけを味わっているような日々だったんじゃないかと。
もちろんそんな暮らしが永遠に続くはずはなく、だからこそのはかなさとか虚しさが常に漂う。長い長い前と後ろのストーリーがある中の、ひと夏の夢みたいな、そんなお話なのかなって思いました。
2024.06.07(金)
文=張替裕子(Giraffe)
撮影=橋本 篤
スタイリスト=中井綾子(crêpe)
ヘアメイク=犬木愛(AGEE)