若き日の鬼平の「怒り」
鬼平の怒り、それは「憤怒」と呼ぶべき重い感情表現である。
本作品が独創的なのは、平蔵がやんちゃだった若い時分、「本所の銕(てつ)」と呼ばれた時代に、激しい感情、憤怒の萌芽が見られることである。「本所・桜屋敷」に引き続き、若き日の平蔵・長谷川銕三郎(てつさぶろう)を演じるのは幸四郎の長男、市川染五郎である。今回の「血闘」では銕三郎の激しい内面がより深く表現されていると話す。
「後々、鬼平と呼ばれるようになる銕三郎ですが、本来、内心に宿っていた鬼の部分がより濃く描かれていると思いました。今回は、自分としても“鬼銕(おにてつ)”であることを見せられるように意識したつもりです」
銕三郎としての集大成を
本作品で銕三郎は愛する人のため、殴り込みをかける。それはのちの鬼平の行動にもつながっていく重要なシーンだが、染五郎にとって、この場面の撮影には大きな意味合いがあった。
「殴り込みは、銕三郎としての最後のシーンでもありました。その意味でも自分の気持ちもいちばん高揚していましたし、お正月の『本所・桜屋敷』、そして『血闘』と併せ、『銕三郎として臨んできた集大成を見せなければいけない』という気持ちもありました」
染五郎の立ち回りは、刀ではなく振り棒を使った珍しいもので、重低音が響くような迫力を生んでいるが、当初、扱いには苦労したという。
「最初に持たせていただいた振り棒はかなり重くて、とてもこれでは立ち回りは出来ないと思うほどでした。何度か作っていただき、最終的に扱いやすいものにしていただいたのですが、それでもそれなりの重さがありました」
父の幸四郎も振り棒を握ったが、「かなりの重さがあり、野球のマスコットバットを振り回して立ち回りをしているような感覚だったと思いますよ」と話す。動きやすさを考えれば発泡スチロールの素材のものに塗装することも可能ではある。しかし、「それだと迫力が出ないんですよ」と染五郎は話す。
2024.04.28(日)
文=生島淳