「動きやすさを優先させるなら、そうした小道具を使う選択肢もあったかもしれません。ただ、映像だと軽すぎるとリアルに見えなくなるんですよね。ある程度の重さが必要ですが、重すぎると動きづらいですし、ケガのリスクも高まります。その塩梅というか、加減が難しかったです」
撮影では、それなりの重さのある振り棒を狭い室内で振り回さなければならず、殺陣(たて)としての難易度は高かった。
「殺陣というのは本当に相手を殴るわけではありませんが、観客の皆さんには殴っているように見えなければならない。狭い室内でどうお見せするのか、“空間把握能力”が必要だと感じました」
「本所・桜屋敷」「血闘」というふたつの作品を通して、「銕三郎に対する愛着が湧きました」と話す染五郎。殴り込みの場は必見である。そして今回の作品を見て感じるのは、染五郎の役柄の幅が広くなってきたことである。数年前までは歌舞伎の舞台でも「和事」のイメージが強かった染五郎だが、今回の銕三郎だけでなく、1月の歌舞伎座で祖父の松本白鸚、父の幸四郎と共に舞台に立った『息子』でも見せたように、骨太の表現が板につきつつある。舞台に映画にと、八面六臂の活躍を見せていることが充実につながっているようだ。
平蔵、絶体絶命のピンチに
染五郎は振り棒の立ち回りで力強さを表現したが、幸四郎演じる平蔵も、絶体絶命のピンチを迎える。この窮地をどうやって打開するのかが、本作品最大の見どころとなる。幸四郎はこの殺陣をこう振り返る。
「たったひとりで囲まれてしまい、しかも刀さえも奪われてしまっている状況で、どうやって切り抜けるのか。完成した作品を見て、緊張感あふれるシーンになっているのをうれしく思いました。とにかく、同心たちが駆けつけるのが遅いので、仕方がないから一人でやるしかないわけです(笑)」
撮影現場では殺陣師の清家三彦氏が、平蔵が業物(わざもの)を持たずに、どうやって状況を打開していくのかを幸四郎に説明してくれたうえで、撮影に入った。
2024.04.28(日)
文=生島淳