この記事の連載

 歌舞伎座「四月大歌舞伎」で上演中の『夏祭浪花鑑』で浪花の侠客・団七九郎兵衛を生き生きと演じている片岡愛之助さん。愛之助さんがこの役を9年ぶりに演じたのは2022年9月、大阪松竹座での「大阪文化芸術創出事業 歌舞伎特別公演」でのことでした。

 その流れを汲む大阪国際文化芸術プロジェクト「立春歌舞伎公演」で、愛之助さんが今年2月に演じたのは『源平布引滝』の木曽義賢と斎藤実盛。「義賢最期」、「竹生島遊覧」、「実盛物語」の三幕構成による上演でした。

前篇から読む


『源平布引滝』三場連続上演が夢だった理由とは

「『義賢最期』と『実盛物語』はそれぞれ単独で上演されていますが、『竹生島遊覧』を目にする機会は稀です。この三場を通してやるのはずっと夢でした。そうすることによって物語がよくわかり、戦に明け暮れる日々の中で源氏と平家それぞれの思を実感することができるからです」(愛之助さん・以下同)

 物語の流れをごく簡単に説明しましょう。平家優位の状況の中、ダイナミックな立廻りの末に孤独で壮絶な最期を遂げる源氏方の木曽義賢は、ある理由があって館を訪ねて来た小万という女性に、源氏の白旗を死の直前に託します(「義賢最期」)。

 義賢の奥方・葵御前のもとへと急ぐ小万は、琵琶湖を泳いで渡っている途中で平家方の実盛が乗る御座船に遭遇します(「竹生島遊覧」)。

 葵御前を匿っているのは小万の父である百姓・九郎助で、その家に平家の侍がふたり姿を現します。その一人が実盛で「竹生島遊覧」での白旗にまつわる出来事の伏線がここで回収されるのです(「実盛物語」)。

「歌舞伎では長い物語の一部を単独で上演するスタイルも一般的なのですが、そうすると初めてご覧になるお客様には何が起こっているのかわからないというようなことが、どうしても起こります。それでは不親切ですよね。いろいろなエンタテインメントがある現代ではお客様の歌舞伎離れを引き起こしかねません。お客様にそうした弊害を少しでも取り除いて楽しんでいただける機会を意識してつくるようにしなければ、というのは常々考えていることなのです」

 愛之助さんの心を占拠しているのは「大好きな歌舞伎の魅力をより多くの方に知っていただきたい」という思い。そして演じ手としては経験を重ねるほどに歌舞伎の奥深さや面白さに気づかされていると語ります。

 愛之助さんが松嶋屋代々ゆかりの演目である『廓文章 吉田屋』で坂東玉三郎さんと共演したのは2023年3月のこと。それは愛之助さんにとってかけがえのない貴重な経験となりました。

「大和屋のおにいさんのお相手役をまさか自分がさせていただくなんて夢にも思っていませんでした。ですから、とにかく驚きました」

2024.04.20(土)
文=清水まり
写真(インタビュー)=佐藤亘