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坂東玉三郎との共演で知ったこと

 演じたのは大坂の商家の若旦那・藤屋伊左衛門で、上方独特の和事という芸が必要とされる柔らか味のある役柄です。愛之助さんは2012年の「新春浅草歌舞伎」で一度だけこの役を演じた経験があります。

「その時に仁左衛門の叔父に教えていただきました。ですからお手本は叔父のやり方なのですが、伊左衛門の恋人である夕霧のお役を十三世仁左衛門に教えていただいたおにいさんは、十三世のように演じてほしいとおっしゃったんです」

 映像を取り寄せて勉強をしてみると、十三世に習った仁左衛門さんもやり方には違うところが多々あったのだそうです。

「ご当代は長い年月をかけてご自分なりの伊左衛門をおつくりなったということです。まず習ったことを忠実にやることが大切。ですが人間が違えば持ち味も違います。習った通りただなぞるだけでなく自分に合ったやり方を追求することでよりお客様に楽しんでいただけるものになっていくのです。十三世は1994年に亡くなっていますからその舞台をご覧になったことのないお客様はたくさんいらっしゃいます。

 自分が今それをやることによってお客様にはまた違ったものをお見せすることができますし、これからこのお役を受け継いでいく若手にとっては選択肢が増えます。おにいさんにはその大切さを教えていただいたように思います。自分自身だけのことでなく歌舞伎を未来につないでいく上で重要なことだと思い、おにいさんには本当に感謝しています」

 若手歌舞伎俳優の登竜門と言われている「新春浅草歌舞伎」でこの役を演じた頃と違い、愛之助さんは今や中心となって歌舞伎界を引っ張っていく立場のひとりなのです。その現在があるのは、若手時代の「新春浅草歌舞伎」での経験が礎となっているのも事実です。

 2023年1月、愛之助さんは歌舞伎座で『弁天娘女男白浪』の弁天小僧を勤めました。弁天小僧は白浪五人男と呼ばれる盗賊のひとりで、この時の五人男は、中村芝翫さん、市川猿之助さん、中村勘九郎さん、中村七之助さんという顔ぶれでした。少し年上の芝翫さん以外は「新春浅草歌舞伎」で切磋琢磨しあった仲間です。

「かつての浅草のメンバーが歌舞伎座の初春公演で顔を揃えることになり、感慨深いものがありました」

 その思いは浅草時代から彼らの舞台を観続けて来た観客も同じです。経験を重ね成長していく歌舞伎俳優を追い続けることで観客は次第に鑑賞眼が養われ、観劇の愉しみはより豊かなものとなっていくという側面があるのです。こうした功績が評価され令和5年度芸術選奨 文部科学大臣賞を受賞した愛之助さんの活躍ぶりは、歌舞伎という伝統芸能ならではの味わいがあることを示唆してくれています。

「同じ演目でも主役だけではなく人が違えば雰囲気は変わりますし、やり方も微妙に異なります。また同じ人でも時を経ることで違った味わいも生まれます。ですからこの演目は観たことがある、で終わりにせずに幅広く長く歌舞伎を愛していただけたらと願っています。それによってより深いところで歌舞伎の面白さを味わっていただけるはずです」

 6月、愛之助さんは御園座「坂東玉三郎特別公演」に出演します。演目は昨年8月に玉三郎さんのお相手役を勤め好評を得た『怪談 牡丹燈籠』です。

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四月大歌舞伎

2024年4月2日(火)~26日(金)【休演】10日(水)、18日(木)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/kabukiza/play/869

坂東玉三郎特別公演

2024年6月1日(土)~9日(日) 【休演】5日(水)
https://www.kabuki-bito.jp/theaters/other/play/885

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