父の酒乱に拍車をかける、祖父の奇行
父のアルコール依存を激化させていたもの、それは祖父の存在を疎ましく思う気持ちだったのではないかと、さらに分析する。“働かず、なんの役にも立たない自慢できない親父”というコンプレックスは、祖父を理解しようとする父の気持ちを阻害していたと思うのだ。そんな祖父も、御多分に洩れず、酒でもいろいろとやらかしてくれた。
下の弟ムーチョがまだ1歳未満の頃、救急車で搬送されたことがあった。原因は、祖父がムーチョに酒を飲ませてしまったことだった。
祖父は、いつものように台所で早めの晩酌を決め込んでいた。夕刻の忙しい時間帯で、母は祖父に「ちょっとムーチョのこと、見ててくださいね」と、ベビーチェアーに座らせたムーチョの面倒を祖父に頼んで、洗濯物を取り込みに3Fへ上がった。その隙に、祖父が酒を飲ませてしまった。
「いやあ~、ちょうどいい晩酌の相手ができたと思ってさ。ちょっと日本酒飲ませたらニコニコしてるから、ムーチョも気分がいいんだと思ってよ」と祖父は頭をかきながら、ちょっと申し訳なさそうに言った。
泡を吹いて気絶しているムーチョを見た母は、
「きゃああああああああ!!」
と、半狂乱になりながら救急車を呼んで、緊急入院と相なった。ムーチョはもちろんこの事件のことは覚えていないが、母に似て元来酒に弱い体質なのと、家族の酒乱史が反面教師となって、酒とは縁のない人生を送っているナイス現在。そして加害者の祖父には“乳幼児には酒を飲ませてはいけない”ほか、世の中のありとあらゆる常識がなかった。なんの悪意もなく、笑顔で行われるこうした珍事は、祖父の精神疾患がベースとなって、酒がさらなる拍車をかける、というものだった。
父以外の家族は、そんな祖父の暴走について、わりとフレキシブルに対応したり流したりすることができたのだけど、父には、あんなんでも意外とクソ真面目で保守的なところがあったから、社会的にスタンダードでない祖父を許せなかったのかもしれない。
ところでこの原稿のために“心の酒乱アルバム”(そんなものがあること自体が、甚だおかしい)をめくっていた時、ふと、驚愕の記憶が蘇った。
2024.03.29(金)
著者=猫沢エミ