あとは自分で考えろ、とばかりに、先生はボールペンの尻で座卓の表面をコンコンと叩いた。

「そ、それに、私は超絶方向音痴なんです。いきなり、試走もしていないコースを走れといわれても――。先生、知ってますよね? 今日の下見でも、思いきり間違えたし」

「あれね……。アンタ、ワザとやったわけじゃないのよね?」

 今日の午前中、レギュラー組が本番のコース確認を兼ね、試走している間、私たち一年生はスタートの西京極総合運動公園陸上競技場から烏丸鞍馬口にある折返点まで、菱先生といっしょにバスを乗り継ぎ、応援ポイントを決めて回った。

「きたおおじどーり、ほりかわどーり、むらさきあかるい? どーり、とりまるどーり、そこで折り返して、また、むらさきあかるいどーり、ほりかわどーり、きたおおじどーり。ああ、ややこしい」

 折り返し地点を目指しながら、本番のコースを地図でたどるが、自分が歩いている場所も、通りの名前も、すべてがちんぷんかんぷんだった。

「とりまるじゃないよ、からすまる。よく、見なよ」

 と隣を歩く咲桜莉から訂正の声が入り、「え?」と地図をのぞきこんだ。確かに「鳥丸通」ではなく「烏丸通」と表記されている。

「『烏』って字、『鳥』より横棒が一本、少なくて簡単なはずなのに、何でこっちのほうが難しい漢字に思えるんだろうね」

 何気なしに私がつぶやくと、

「カラスは目が黒くて見えないから、『鳥』から目玉の部分を表す横棒が消えて、『烏』って文字になったらしいよ」

 と咲桜莉が思わぬ豆知識を披露してきた。

「それ、本当?」

 ちょっと、出来過ぎてる話じゃない? と遠足気分を隠せない私たちに、

「物見遊山に来てるんじゃない。それに『からすまる』じゃなくて『からすま』って読むから。それに紫明(しめい)通。むらさきあかるい、なわけないでしょ」

 と先頭を進む菱先生から鋭い声が飛んできて、二人して「ヒエッ」と肩をすくめた。

「いい? 2区の後半と折り返してからの3区の前半、何度も角を曲がるから、ちゃんと応援ポイントの場所を覚えておくこと。これから担当決めるけど、アンタたち、明日は自力でここまで来るんだからね」

2024.01.30(火)