やわらかそうなゴムがくっついている。これ、文字が消えるボールペンだ、と素早く見極めると同時に、
「無理です」
と考えるよりも先に、声が飛び出していた。
「無理じゃない。そもそも、坂東は補欠で登録してるんだから。交替で出走しても、何もおかしくない」
先生は書類の下から、『全国高校駅伝』と大きく赤字で記された大会パンフレットを取り出した。付箋(ふせん)がつけられたページを開くと、そこに私たちの県の代表として、男子チームと女子チームがそれぞれ上下に分かれて紹介されていた。
確かに我が校の欄には、レギュラーメンバー五人のほかに、補欠三人の名前が並び、咲桜莉といっしょに私の名前も印字されている。でも、これはいわゆる「名前を貸しただけ」ってやつで、まさか本当に走ることになるなんて、夢にも思わないじゃない。
「む、無理です。だいたい、補欠には二年生のセンパイがいるんだし、一年生の私が出るのはおかしいです」
「普通ならそうなるわよね。でも、一年生を入れようというのは、ココミの希望だから。わかる? ココミは来年絶対に、ここへ戻ってくるつもりなの。来年のことまで考えて、一年生をメンバーにひとり入れて、本番を経験させるべきだ――、って。なかなか、言えないわよ、そんなこと。私もそこまで思いきったオーダー、ひとりじゃ、決めきれなかった。でも、ココミが言ってくれて、私も腹をくくった」
しゃべりながら、まるで一秒ごとに決意のほどが固まっていくかのように、部屋に入ったときは猫背気味だった先生の背筋が次第に伸びてきた。
「そ、それなら、咲桜莉が出るべきです。一年生でいちばんいい記録を持ってるし、十月の三千メートル走チェックでも、私より十秒以上、速かったし――」
「私は顧問よ。アンタたちの数字なんて、百も承知のうえで判断してるに決まってんでしょ。アンタ気づいてる? 一学期のときは咲桜莉に二十秒近く離されていた。それが夏休みでは十五秒差になって、十月の計測で十秒差まで縮めてきた。そこから二カ月経った今は?」
2024.01.30(火)