加藤 そうですね、もちろん頭脳を使ってはいるんですが、私は対局中もよく食べていましたからね。それに私が疲れなかったのは、勝負以上に将棋を楽しんでいたからなのかもしれませんね。大山康晴、升田幸三、中原誠、米長邦雄、羽生善治、そして藤井聡太と、将棋の歴史に残る棋士たちと勝負をしてきました。バッハやモーツァルトの音楽が数百年後の人々の心を動かすように、名局は時が経っても色褪せないと思っているんです。

 

最多対局の記録も最多敗戦の記録も持っている

藤田 勝ち負けに関係なく美しい棋譜というのがあるんでしょうね。

加藤 私は自分が勝った将棋の9割は名局だと思っています。互いにミスがなく、常に最善手を指しあった上で勝負が決まる。そういう勝負は名局と呼んでいいと思います。一般的に棋士は負けず嫌いだと思われていますが、私は負けず嫌いじゃないんですね。私は最多対局(2505局)の記録を持っているんですが、最多敗戦(1180敗)の記録も持っているんです。負けず嫌いだったら、こんなに負ける前にやめていたかもしれませんね。

藤田 私も負けず嫌いではないんです。意地みたいなものもありません。本来音楽は芸術なので競い合うものではないですしね。ところで先生は、勝ち負け以外の“伝説”もたくさん残されていますよね。しかも食べ物にまつわる話が多い。私が好きなのは米長邦雄永世棋聖との「みかん合戦」のエピソード。1981年、お2人が十段戦で対局されたとき、2時間以上何十個もみかんを食べ続けて、部屋中がみかんの香りになって、記録員が困ったと(笑)。

加藤 ありましたね。中原先生との対局のときにケーキを3つ注文したこともあるんです。中原先生は「自分と記録員のぶんも注文してくれた、加藤はやさしい」と思ったらしいんですが、その3つを全部私が食べたので驚いたそうです。棋士の中では、「中原先生も気にせず自分でケーキを注文すればよかったのに」という声も多いんですが、中原先生は人が良いのですよね。

2024.01.20(土)
text=Kosuke Kawakami
photographs=Tomosuke Imai
撮影協力=ヤマハミュージックジャパン