藤田 私にとってもイスラエルでの公演は忘れられない経験のひとつです。初めて行ったのが2022年で、2023年の7月にもテルアビブでの公演がありました。2024年1月にもコンサートの予定が入ってはいるのですが、イスラエルがご存知のような状況ですので、実施できるかどうか不透明です。
対局前はバッハの『マタイ受難曲』
藤田 先生は現役時代、大事な対局の前はバッハを聴いていたんですよね。
加藤 バッハの『マタイ受難曲』が多かったですね。あのニーチェが感動した曲だと新聞で読み、聴くようになりました。バッハは、なんとかするぞ、がんばるぞという気持ちにさせてくれるんですね。モーツァルトを聴くと、ああ名曲だな、この曲のようにいい将棋をしたいなと思う。だから絶対に勝ちたい対局の前日だと、バッハのほうが向いているんです。
藤田 その2人の違いはわかるような気がします。もう一つ、先生にお伺いしたいのですが。先生は14歳から勝負の世界で生きてこられ、2024年には棋士として70周年をお迎えになります。ピアニストにもコンクールがあって、そこはどうしても勝ち負けがついてしまうんですが、先生が70年もの長い間、戦い続けることができたパワーはどこから生まれていたのですか?
将棋を指していて疲れたことがない
加藤 なぜそこまで長く戦い続けられたかは自分でもわかりませんが、名人をのぞいたA級10名に36年在籍したという記録は、私の後には出てこないのではないでしょうか。私は、半年ほど不調が続いた30歳のときに洗礼を受け、パウロという洗礼名をいただきました。ご聖体のときには「世の中の人の役に立つ人間にしてください」と祈り、信仰が将棋人生の確かな支えとなったのです。
もうひとつ言えるのは、引退した77歳のときまで、将棋を指していて疲れたことがないんですね。だからいつまででも考えていられる。
藤田 2日制のタイトル戦だと正座して将棋を指していただけなのに3~4キロ体重が落ちたという話を聞いたことがあります。それだけハードに頭脳を使うんだと思っていたんですが……。
2024.01.20(土)
text=Kosuke Kawakami
photographs=Tomosuke Imai
撮影協力=ヤマハミュージックジャパン