ピアニストの藤田真央さんが守り続ける亡き師の“教え”とは――。月刊「文藝春秋」のスペシャル・インタビュー。
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(1)ピアノは自分をよく見せるために使わない
「ピアノを、自分自身をよく見せる道具に使ってはいけない」
これは私の恩師で、東京音楽大学の学長を務められた野島稔先生から学んだことです。先生は昨年5月に亡くなられましたが、今もその教えは私の中に深く根付いています。
先生と出会ったのは、私が11歳の時のこと。2010年、全日本学生音楽コンクール・ピアノ部門の小学生の部で1位を頂いたのですが、審査員の一人が野島先生でした。
翌年、先生は東京音大の学長に就任され、私も引き寄せられるように、東京音大付属高校、大学へと進学します。そして17歳の頃から、先生に直接指導して頂けることになったのです。
20歳の時には、世界三大コンクールの一つとされるチャイコフスキー国際コンクールで、2位に入賞することも出来ました。
レッスンはいつも音楽への情熱に溢れていました。そして一音一音を丁寧に、大切にしてハーモニーを築き上げるよう叩きこまれました。
なぜなら、作曲家は一音たりとも無駄な音を楽譜に書いていないからです。作曲家が伝えたかったことはなんなのか、緻密に考え抜かなくてはなりません。
作曲家が生きてきた時代背景や、その系譜から学べることも多いです。モーツァルト自らが18世紀に綴った手紙が残っていたり、ショパンら19世紀の作曲家の人生について記された本も多く残っています。
バックグラウンドを踏まえた上で、楽譜をしっかりと読み取り、表現する。その時、例えば速いパッセージがあるからといって、自分のテクニックを誇示するような弾き方をしてはならない。それは作曲家へのリスペクトに欠けた行為です。
とことんハーモニーにこだわる私の演奏の根底には、“野島イズム”とも言うべき、先生の教えがあるのです。
2023.12.20(水)
出典元=「文藝春秋」2024年1月号