この記事の連載
井口啓子さん[ライター]
Q1:夜ふかしマンガ大賞に推薦する作品は?
●『いやはや熱海くん』田沼朝/KADOKAWA
毎日のように女子に告白される高校生の熱海くんは学年一の美形。だけど好きになるのは男性で――。モテる男子の悩める恋物語。
「恋愛や友情といった言葉では言い表せない、微妙かつ曖昧な感情や関係性が日常の喋り言葉でさりげなく浮き彫りにされていて、心にストンと入ってきます。嘘っぽくない関西弁によるシュールな笑いもクセになるし、嫌な人が一切出てこないのもいい。BLと思い込んで読んでない人がいたら人生損してる! と言いたくなる、読むたびに癒される宝物みたいな作品です」
●『胚培養士ミズイロ』おかざき真里/小学館
「不妊治療について描いたマンガは最近増えてきたとはいえ、ここまで真正面から不妊治療のリアルについて描いたマンガはなかったのでは? 胚培養士の仕事内容をはじめ、未知のことだらけで妊娠はして当たり前どころか奇跡にほかならないと改めて目から鱗。14人にひとりが体外受精で生まれているという、いまの日本で誰もが知るべき事実がここにある。人間ドラマとしても読み応えがある」
●『うみべのストーブ 大白小蟹短編集』大白小蟹/リイド社
「シュールでコミカルな設定のもと起こる“日常の小さな奇跡”を描いた短編集。たとえば『人間に忘れられたら私たちは存在していられなくなる』と人間を氷漬けにする運命をただ受け入れていた雪女が、トラックドライバーの千夏の力を借りて、暑さを回避しながら夏祭りを謳歌する『雪子の夏』。自分の存在の希薄さに怯え、他者と触れ合うことで自分の輪郭を確認する。人間の切なさと温かさが心に染みる」
Q2:人生で影響を受けたマンガは?
●『同棲時代』上村一夫/eBookJapan Plus
小さな広告会社に勤める今日子21歳と、フリーのイラストレーターである次郎23歳。ある日、ふとしたきっかけでふたりは同棲生活を始める。自由であり、不安定でもあるふたりの暮らしは愛と性の間で揺れ続け――。
「恋愛のすべてがここに詰まっているマスターピース。1972年の作品ですが男女の姿は普遍なんだなと思います。映画『花束みたいな恋をした』にグッときた若者はぜひ読んでみてほしい。絵的にも今見てもスタイリッシュで、海外ではアートコミックとして高く評価されています」
Q3:夜ふかしマンガの楽しみ方は?
「ベッドに寝転がりながら、ビールとポテチをおともに、が最高のご褒美です」
Q4:いま、特に注目している作品は?
●『この雪原で君が笑っていられるように』ちづはるか/小学館
「まだ雑誌&ウェブ連載が開始したばかりで単行本は出ていませんが、1話を読んだだけで引き込まれます。ヤングケアラーの現実、地方都市で暮らす若い女の子の生きづらさをリアルに描きつつも、尊い人間関係を鋭敏なタッチで描き出す。そのセンスと力量は新人作家とは思えないもの。今後の展開が楽しみです」
井口啓子(いぐち・けいこ)さん
ライター
雑誌『ミーツ・リージョナル』にてコラム『おんな漫遊記』連載中。昭和の劇画家・上村一夫が好きすぎて展示企画したり、小冊子を作ったりも。
2023.11.30(木)
文=大嶋律子(Giraffe)