この記事の連載

伊藤絢子さん[コミック編集者]

Q1:夜ふかしマンガ大賞に推薦する作品は?

●『死に戻りの魔法学校生活を、元恋人とプロローグから(※ただし好感度はゼロ)』原作:六つ花えいこ、キャラクター原案:秋鹿ユギリ、作画:白川蟻ん/KADOKAWA

  魔法学校に通う17歳のオリアナは恋人ヴィンセントと謎の死を迎える。記憶を持ったまま7歳の姿に戻ったオリアナはやがて彼と再会を果たすのだが……。

「とにかく表情がすごい。コミカライズにおいては、作画担当の方がどれだけキャラクターを愛し、自分で産んだ子のように歴史も含めて理解し、そのうえで客観的な視点も持って、解像度を上げていけるか……が肝要かと思いますが、この作品の作家さんは素晴らしくその力を発揮されています。とにかく表情が豊か。セリフがなくても、表情だけで感情が揺さぶられる、そんなシーンの連続。恋愛だけでない人間関係のドラマもあります。家で温かい飲みものを準備して、じっくり読んでいただきたい! と作者じゃないのに人におすすめしたくなる作品です」

●『いやはや熱海くん』田沼朝/KADOKAWA

「友人でもある先輩・足立くん家の小粋な会話に『「強豪校」って感じや……』と呟く熱海くんが可愛い。清潔な絵柄のそこかしこにしのばせられた小ネタが愛しくて、毎ページきゅんとしてしまいます。熱海くんを取り巻く世界はほどほどに優しくて、それは熱海くんが前向きな子だからだろうなあと思います。人にはそれぞれオリジナルな部分があって、あんまり合わないかもと一見では感じても、真剣に向き合ってみれば案外好きになれたりしますよね。自分も出来る範囲で周りの人に興味を持って、誠実に接して、本作のようなやわらかでおもしろい世界をつくっていきたい。自分次第で、本当に出来ちゃうのかもしれない。読んだ後の人生に、そうしたポジティブで静かなガッツをくれる作品です」

●『野良猫と狼』ミユキ蜜蜂/白泉社

「恋愛マンガの名手、ミユキ先生による、とびきりドキドキできる少女マンガです。大人が読んでもドキドキするのは、人と人が近づいてゆくさまを、そのとき心のヒダがどう震えているかを、細やかに描いてくれているからでしょうか。ヒーローキャラは、一般的にはもしかして“悪い男”と呼ばれてしまうかもしれないタイプのバンドマン。ですが、確かな愛と出会い、戸惑いつつも不器用ながらにヒロインを慈しんでいきます。こんなん、好きになっちゃいますよね……」

Q2:人生で影響を受けたマンガは?

●『あしたのジョー』原作:高森朝雄(梶原一騎)、作画:ちばてつや/講談社

  ボクシングマンガの金字塔。不良少年の矢吹丈がドヤ街で知り合った元プロボクサーの教えでボクシングの道へと進む。後のライバルである力石のパンチに沈み、敗北感を味わった丈のボクシング魂に火が灯る。

「祖母の家にあった唯一の娯楽は、学生時代の父が実家に残していった『あしたのジョー』のコミックス。力石が死ぬ回が収録されている巻だけ叔父が持ち去ったため、その前後で一変した物語に大変戸惑いました。悪ぶっていてもかわいげがあり、何かを愛し没頭したがっている主人公・矢吹丈。彼を好きになりすぎて、小学生から大学生まで“ジョー”っ気のある男子にキュンとしてしまうようになり、恋愛に難儀しました……」

Q3:夜ふかしマンガの楽しみ方は?

「ソファの下に座り、背中だけもたれかかって、床にコミックスを塔のように重ねます。テーブルには水と『堅あげポテト ブラックペッパー』を。ポテチは割り箸でいただきます(手を汚さないですみます!)」

Q4:いま、特に注目している作品は?

●『トリリオンゲーム』原作:稲垣理一郎、作画:池上遼一/小学館

「1話ごとの完成度がすごい。毎回、『続きが待ちきれない』と思わせてくれるヒキの強さは、エンタメに溢れた現代において、とんでもない武器です。仕事に誇りを持つキャラクターたちが愛おしく、明日出勤するための気合いも授けてくれます。とりわけ、最近になって登場したあかりちゃんが大変魅力的。功刀さんとのコンビが最高です」

Q5:いま、読み返したい名作は?

●『小さなお茶会』猫十字社/宝島社

「いつ読み返しても、心に安らぎをくれる大名作です。『もっぷ』と『ぷりん』というキュートな猫夫婦の日常を眺めるうちに、心をほんわりと優しい風が撫でていくような。いや、優しいとも限らないような……。いずれにせよ、「なんだか今日はいろいろとうれしくないな」、と思ってしまうような日に、静かにビスケットをつまみながら読めば、本を閉じたときにはちょっと心が整っているかもしれません。新婚夫婦に贈ったりもしたい作品です。『“ほどほどにデカダンなケーキ”ってなんだろう?』とか、話し合ってほしいな」

Q6:とにかく泣きたい夜におすすめの作品は?

●『ピアノの森』一色まこと/講談社

「『スキップとローファー』『BLUE GIANT』など、近年にも心揺らす作品が多いので選出に悩みましたが、永遠の名作のこちらを推薦します。主人公・カイの、周囲の人物との絆、才能と向き合ううえでの悩み、努力、真摯な感情のすべてに感激します。厳しい環境のなかにあってなお輝く、無垢な心のまばゆさたるや。純粋な生きものには、抗いようもなく心を打たれますよね。対して“純粋”ではないことを悩むキャラクターもいますが、自分のなかの汚さに向き合って乗り越えようとするさまもまた美しいです。音楽のすばらしさを浴びながら、人間を好きになれる作品です」

Q7:深夜、ひとりでコッソリ楽しみたい作品は?

●『ラーメン赤猫』アンギャマン/集英社

「『ジャンプ+』のインディーズ連載からコミックス化を果たした人気作。その人気の所以はとにかくの“優しさ”。猫たちが働くラーメン屋の日常を、黒子として店を手伝うことになった人間の目を通して覗き見られます。一日の終わりに布団のなかで読んで、平和な気持ちで眠りにつくにはぴったりの作品。深夜にラーメンが食べたくなることだけがネックですが」

伊藤絢子(いとう・あやこ)さん
コミック編集者

文藝春秋編集者。元WEB少女まんがレーベル編集長。担当作に『鬼の花嫁』(スターツ出版)。

2023.11.30(木)
文=大嶋律子(Giraffe)