個人的な印象として、その辺りのヤクザルとヤクシカは警戒心が強く、特にヤクシカは、どれだけ距離を取っていてもこちらの存在に気づいた時点で逃げ出してしまうため撮影は困難を極める。ただ、猿や鹿と会えぬことには始まらないので、とにかく行けるところまで行ってみることにした。

 

 宮之浦港から車で1時間半、大川の滝付近に到着した頃には先程までの雨が嘘のように空は晴れ渡り、夕方の日差しが森の木々を照らしていた。

 そこからしばらく進んで海側の車窓が開けてきた頃、道路上でくつろぐ猿たちの姿が見えてきた。

 人里から離れたこのあたりの猿たちは、畑を荒らす獣害や餌付けとは無縁、森の恵みを頼りに生きる純野生の群れといえる。

 幸い猿たちがこちらを気にする様子はなく、日が暮れて暗くなり始めるまでの小1時間、各々に食事やグルーミングを楽しんで、その日のねぐらへと去っていった。

なぜ電波も入らない森の中で一日中猿を追い求めるのか?

 2日目以降は、日の出前から日が暮れて暗くなるまで猿を探して観察、そしてチャンスがあれば撮影。そんな時間の繰り返し。

 大川の滝から先には人家はおろか電波も入らないので、日中は必然的に人との関わりが絶たれ、ヤクザルの世界に身を預けることになる。

 

 ちなみに、私が定宿にしているコテージのある安房集落までは、西部林道からおよそ1時間。毎晩コテージへ戻ってからは、その日撮影したデータの取り込み、バックアップ、機材類の充電などを行った後、食事、シャワー、歯磨き。束の間の人間活動を経て就寝。夜明け前からは再びサルの世界へ。

 私がこれほどヤクザルの撮影に夢中になる理由のひとつに、猿という生物の表情や動きの豊かさが挙げられる。霊長類で人間に近いこともあり、他の野生動物とは比べ物にならない。

 以前、撮影データを見返していた時、何の気なしに撮った1枚の写真が目にとまった。

 雨上がりの嵐山で戯れる二頭の猿。一頭は、折れた木の枝をくわえながら飛び跳ね、もう一頭は、石のようなものを口に咥え二本足で先の猿を追う――。

2023.11.24(金)
文=大島淳之