この十年余り。社会のデジタル化が加速して、あらゆる生活環境は激変しつつある。十九世紀生まれの幸田露伴が身をもって娘に伝えたような家事や生活知識は、動画付きの情報としてたやすく手に入るようになった。

 与えられた膨大なデータからさまざまなコンテンツを作り出し、個別な要求に応えてくれる生成AIの時代とさえいわれる。しかし作り出されたものや答えが「まっとうな」ものかどうか、受け手には判断できない。ましてや、自然としての水を畏怖することから水掃除を教え始めた露伴のように、事象の奥をさぐる姿勢、生活哲学を鍛えてくれるとはとても期待しにくい。

 科学によって薄く引き延ばされた「身体性」が、大きな疫病、地震などの自然災害、戦争などの危機に直面したとき、大きな混乱が予想される。そのとき、幸田文の文章は、世紀を超えて、生活の原点を考え直す手がかりを与えてくれるものではないか。

 二〇二三年七月

精選女性随筆集 幸田文 (文春文庫 編 22-1)

定価 1,100円(税込)
文藝春秋
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2023.10.06(金)
文=由里 幸子(文芸ジャーナリスト)