“発色”神話があまりにも強烈で言えなかったこと

a 唇をいちばん美しく見せるのは“2/5発色”、つまり100%ではなく40%の発色であるという吉川康雄さんの発想から生まれた口紅。なめらかな艶感と保湿成分がふっくら美しい唇を演出。キッカ メスメリック リップスティック全6色 各¥3990/カネボウ化粧品(1/24発売)

b ベージュではなく、唇本来の美しさを引き出す色こそがヌードカラーであると謳う、“リップマニキュア”。ルージュ ピュールクチュール ヴェルニ レベルヌード 全8色 各¥3990/イヴ・サンローラン・ボーテ

c リッチなうるおいがなめらかにつく口紅。ムラなく均一に、明るくクリアな色の唇に。コフレドール ルージュエッセンス PK-281 ¥2625(編集部調べ)/カネボウ化粧品

 口紅の評価につきもののワード、それが“発色”。ともかくみんな口を揃えて“発色の良し悪し”を語る。発色がいいから、いい口紅。発色が悪いから悪い口紅と……。

 でもそれ本当だろうか? 何となくだけれども、私は昔から発色の良すぎる口紅が苦手だった。わざわざあんまり発色しない、発色の悪い口紅を探してた。さもなければ一度塗った口紅を、思い切りティッシュオフして、発色を弱めていた。いや、昔のメイクテクニックには、必ず“ティッシュオフ”のプロセスが組み込まれていたはずだ。もちろん、これは唇の上に遊んでいる上ずみを取り去って、口紅を唇になじませフィットさせて、“化粧もち”をよくするためのテクニック。しかしみんな無意識にこの行為で発色をセーブさせてもいたはず。

 なのになぜか“発色のいい口紅”信仰だけは生き続けてきた。あまりにも発色神話が強すぎて、真実が見えにくくなっていたことと、誰も“発色は悪い方”がいいなんて言う勇気をもっていなかったから。でもこの秋、勇気をもってそれを主張する人が現れた。キッカのプロデューサーにして、NYで活躍するメイクアップアーティスト、吉川康雄氏だ。

 新製品である6色の口紅、メスメリック リップスティックは、まず“全員がどれを塗っても似合う6色”と主張。その決め手として、発色をあえて抑え、唇が透けて見えるくらいの薄く均一な膜をつくるための、“5分の2発色”を打ち出したのだ。

 吉川さんは、「口紅は澄んだキレイな色を薄く薄く発色させるのがいちばん。そうするとどんな人も必ず美しく見える」と主張する。だから生まれた5分の2発色は、確かに薄く均一に唇が透き通る。するとなるほど、今まで一度も似合ったことがないベージュが、ここの口紅なら似合ってしまうのだ。すごく苦手だった赤が、ここのなら塗れる。本当に6色全色塗れてしまうのだ。

 奇しくも、今シーズンすでに大ヒットとなっているYSLのルージュピュール クチュール ヴェルニ レベルヌードも同じように、薄く均一にフィットするヌードカラーのラインナップ。口紅でもグロスでもリキッドルージュでもない。ネーミングの通り、“唇のマニキュア”のような薄膜と、発色を抑えたヌードカラーが、まさにどの色を塗っても“美人に見える”という新しい評価を生んでいるのだ。マニキュアと同じように、一度塗りなら唇が透け、二度塗り三度塗りすれば濃くなっていくのも新しい特徴。

 そういう意味で、以前からキレイな澄んだ色のラインナップにこだわりつつ、巧みに発色を抑える色設計とフォーミュラで、美人に見える口紅づくりにこだわってきたのが、口紅界No.1の売り上げを誇るコフレドール。じつはみんなわかっていたのだ。発色を上手に抑えた口紅ほど、自分が美人に見えるって。

 いまだによく耳にする“発色のいい口紅”ほどいい……発色抜群の口紅ほど優れた口紅……これはハッキリ幻想だって言ってしまおう。

 色のいい口紅をていねいにティッシュオフするのでもいいが、ぜひここは発色を意識して抑えた、こだわりの“5分の2発色”や、唇のマニキュア薄膜を体験してほしい。

齋藤薫 Kaoru Saito
女性誌編集者を経て美容ジャーナリスト/エッセイストに。女性誌において多数のエッセイ連載を持つほか、美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーなど幅広く活躍。『人を幸せにする美人のつくり方』(講談社)、『大人になるほど愛される女は、こう生きる』(講談社)、『Theコンプレックス』(中央公論新社)、『なぜ、A型がいちばん美人なのか?』(マガジンハウス)など、著書多数

Column

齋藤 薫 “風の時代”の美容学

美容記事の企画、化粧品の開発・アドバイザーなど幅広く活躍する、美容ジャーナリスト・齋藤薫が「今月注目する“アイテム”と“ブランド”」。

2014.01.07(火)
齋藤 薫=文
吉澤康夫=写真

CREA 2014年1・2月合併号
※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

運命の映画 最愛のドラマ

CREA 2014年1・2月合併号

運命の映画 最愛のドラマ

定価 670円(税込)