島田荘司初の映画化作品『幻肢(げんし)』だ。

 映画『幻肢』は、当時まだ珍しかったクラウドファンディングで宣伝配給費の一部を募集したが、その出資返礼のひとつに〈島田荘司×綾辻行人 特別対談への同席権〉があったのだ。人格形成に最大の影響を与えた小説家ふたりに一度に会える、と震える指でスマートフォンの画面をタップした。

 なぜ震えたか。たぶんこう思ったのだ。窓の向こうの世界に触れられる、と。

 いま思い返すと必死すぎて意味不明だが、その意味不明の必死さが、さらに意味不明の行動をさせる。

 “あの短篇を持参しよう”

 綾辻先生との対談中に「このなかに作家志望のかたはいらっしゃいますか」と島田先生が言うから挙手すると「どのような作品を書いていますか」と言うので「ここにあります」と答えたところ、休憩中に肩を叩かれ、振り返ると「君の作品を読ませておくれよ」と島田先生が笑っていた。終了後に控室に呼ばれ、気がつけば打ち上げの席にいて、その席で漏らした「このあとは映画のプロモーションで広島に行かねばならず大変に忙しい」の一言を舞台挨拶と聞き間違えて「金沢でも是非」と言ったら名刺をくれた。面識があった金沢のミニシアター〈シネモンド〉の支配人に聞き間違えたままの話をしたら大歓迎だと言うので、島田先生にお礼かたがたメールをしたら文藝春秋経由で話が進み、金沢ミステリ俱楽部の支援もあって、聞き間違いが実現してしまった。

 だから映画『幻肢』で島田先生が舞台挨拶をしたのは東京と金沢だけだったりするのだが、意味不明はさらに続き、金沢でのメディア取材に同席することになった。取材中、加賀藩が舞台の大ヒット映画『武士の家計簿』が話題に出たので、ためしに「島田先生が金沢が舞台の作品を書き、北國新聞で連載、文藝春秋で単行本化、そのうえで映画化はどうでしょう」と言ってみたところ、これがまた実現に向けて動きだし――

 もちろんすべては関係各位の水面下の尽力の賜物だが、本書の背後にはこんな顚末があったのである。

2023.08.29(火)
文=山岸 塁(マジシャン)