一つのことに打ち込むのが苦手だ。新しいことを始めるのは大好きだけれど、すぐに目移りしてしまううえに諦めも早いので、たくさんの挫折を経験してきた。
中学3年生の夏――そろそろ高校受験に向けて本腰を入れて勉強しなきゃいけないぞ、というムードが教室に漂いはじめた。当時からむら気なところがあった私は、受験勉強一本に絞られた環境に耐えきれず、学校の図書室へと足繁く通うようになった。そうしてなんとなく手に取った一冊が、読み切りのミステリ小説を集めたムック『オールスイリ2012』(文藝春秋)である。中には有栖川有栖「探偵、青の時代」が収録されていたのだが、その作品がまさしく運命の出会いだった。
「探偵、青の時代」は、犯罪学者の火村英生を探偵役とした大人気シリーズの短編であり、彼が学生時代に遭遇した小さな事件を描いている。名探偵誕生前夜と言うべきエピソードだ。本作の魅力は、なんといっても手がかりの開示の仕方の鮮やかさ、清々しさ。それまでほとんどミステリ小説を読んでこなかった15歳の私も、真相解明のシーンでは思わず前のめりになり、読み終えると同時に「私もこんな小説を書きたい!」とミステリ作家を志すようになった。
さて、私などが今更説明する必要もないだろうが、シリーズの主人公・火村英生には、語学堪能という設定がある。特に『マレー鉄道の謎』では、彼の語学知識の豊かさがたっぷり描写されているのではなかろうか。
順調に火村シリーズを読み進めていくうちに、火村先生が英語だけではなく仏独語も喋れるということを知った学生時代の私は、そのあまりにも恰好よすぎる設定に胸を打たれた。大学入学後、第二外国語にはドイツ語を選択し、「私も火村先生のように複数の言語を習得してやる」と固く決意したのだが、しかし現実は甘くなかった。ドイツ語はあまりにも難解で、ほんの数回授業を受けただけで自分に語学の才がないことを悟ったのだ。しかし、ドイツ語の授業を受講したことをきっかけとしてドイツ語圏のミステリへの興味が高まり、イングリート・ノルの『女薬剤師』と出会うことができたのはラッキーだったと言えるだろう。
2023.08.14(月)