物語は、薬剤師である主人公・ヘラが過去を回想していく形で進む。入院中であるヘラは、相部屋の患者を相手に自分の過去について夜毎語るのだが、物語が進むにつれ、彼女の秘密と欲望が徐々に露わになっていくのだ。自らの罪を自覚しながらも、決して歩みを止めることなく未来に向かって突き進んでいく主人公は、大学生の私に強烈なインパクトを残した。

 当時――大学1年の秋頃はちょうど、新生活の忙しさにかまけて小説を執筆する時間を削ってしまっていた時期で、夢へのモチベーションも低下していたのだが、『女薬剤師』を読んでからというもの、主人公ヘラの魅力に引きずられるように、やっぱりミステリを書きたいと改めて強く願うようになった。今となっては、パッと出てくるドイツ語はエントシュルディグング(訳:すみません)ただ一つだけれど、あのときドイツ語の授業を選んでよかったと思う。

 小説家になりたいという漠然とした夢は、大学生活を送るうちに具体的な目標へと成長していき、フィクションを創作するための勉強と称して映画をよく観るようになった。それで韓国映画にハマって、大学3年生のときは韓国語の講座を取ったのだが、やる気に反してテスト結果はびっくりするくらい酷かったし、単位も超ギリギリだった。「もう懲り懲りだよ~」と思っていたのに、昨年作家デビューを果たしてから、性懲りもなくまた韓国語の勉強を始めた。――私は万事がこんな感じで生きている。

 偏愛読書館の執筆依頼を受けたときは、不思議な縁を感じた。なにせ、私がミステリ作家を志すきっかけとなった一冊『オールスイリ』は、この「オール讀物」の増刊である。まさかミステリ作家になって『オール讀物』で文章を書かせてもらう日が来るとは、夢にも思わなかった。

 さらに今年の春、「オール讀物」編集部の皆さまより、『オールスイリ2012』をご恵贈いただき、中学卒業以来、約10年ぶりの再会を果たした。しかも「探偵、青の時代」の扉に有栖川有栖先生の直筆サインが記されているという、特別仕様である。誌面を借りて改めてお礼申し上げます。家宝にします!

 思えば中3の夏、私が不真面目な生徒でなければ――勉強を嫌って図書室へと逃げ込むような生徒でなければ、『オールスイリ』を手に取ることはなかっただろう。寄り道の多すぎる人生だが、その意志薄弱な性質によって一冊の本と出会い、夢と仕事を得たのだ。などと言い連ねて自己正当化してみれば、飽きっぽい自分のことも愛せるような気がする。


(「オール讀物」7月号より)

オール讀物2023年7月号(ミステリー新世紀&第10回高校生直木賞)

定価 1,100円(税込)
文藝春秋
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2023.08.14(月)