有栖川 心に留めておきます(笑)。
呉 『ブラジル蝶の謎』に入っている「蝶々がはばたく」はまさにそういう作品ですし。それはやっぱり作家が積み重ねてきたものの力だと思います。
有栖川 本当に反復しているだけだったらもたないですから。反復しながら何ができるか。反復していると、隙あらば違うことをやろうという思いが湧いてくるというのはあると思います。
呉 僕は、『暗い宿』に入っている「ホテル・ラフレシア」も大好きですね。
有栖川 ビターな読み味ですけど、あれがいいっていう人もたまにいますね(笑)。
◆有栖川さんの世代を描いた小説
有栖川 呉さんの小説の話をもっとしましょう。呉さんの小説は「今回はこれが狙いか、こうきたか」と思わせてくれるんですが、『おれたちの歌をうたえ』だけは、私のなかでうまく消化しきれないところがあった。というのは、主人公が一九五九年生まれ。私と同じ年齢なんですよね。主人公は六十歳くらい。書いた頃呉さんは四十くらい?
呉 ちょうど四十歳でしたね。
有栖川 四十の大台に乗った感じが書かせたのかな。発売前に関係者やマスコミに配るプルーフという校正刷りがあるんですが、そこに、これまでの道のりを振り返り、これからさらに二十年生きたらそのとき自分はどんな後悔をしているだろう、と作者の言葉を寄せていたのを覚えています。つまり、二十年後の自分のことを考えながら、現実の六十代に投げている。
主人公には高校時代に「栄光の五人組」という仲間がいて、そのうちの一人が亡くなった。その男は金塊を隠し持っていたという。その謎を追っていくうちに、過去のことが思い出されて、現在と行ったり来たりするというストーリーです。
まずタイトルに違和感があった。私の世代は「おれたち」を始めとする一人称複数形が好きじゃないんですよ、「おれの歌」ならいいんだけど。肩組んで歌ったりは苦手。作中、まさかみんなでビートルズなんて歌わないだろうな、と警戒したわ。私の神はピンク・フロイドで、軽音はみんなディープ・パープルをやっていて、クイーンやエアロスミスのレコードを教室で貸し借りした世代だから。しかも学生運動の話が出てくる。それって団塊の世代の話じゃんと思って、「呉さん、これは外したな」と思った。そうしたら『青春の殺人者』という映画が出てくる。長谷川和彦第一回監督作品、水谷豊主演。呉さんにとって思い入れがある映画なんですか。
2023.05.05(金)