有栖川 現実は嫌悪すべきものだなんて言っていたら、生きている甲斐もないしね。かといってきれいごとだけでも絶望しますよね。「明日がある」とかお気楽に言われると嫌になるじゃないですか。今日より明日がもっと悪いことなんていっぱいあるやん。

呉 それを言っちゃあ、おしまいですよ(笑)。

◆ミステリー作家にとっての「倫理」

有栖川 明日には希望があるかもしれないんだけど、決まり文句の「明日がある」だけで片づけずにもうちょっと言い方ないかとか、まわりを固めてから言えないかとか思ったりしますよ。

呉 わかります。なんでこんなに工夫のないものを出してくるの、と思いますよね。ただ、最近、それなりに年を取ってきたせいかもしれないんですが、もっと野蛮に、自由にやったほうがフィクションの魅力が増したはずなのに、って後から思うことがけっこうありますね。自分の思想を入れすぎてるんじゃないかって。世の中をこう見てほしい、こう感じてほしい、という主張が強すぎたら、それはある意味きれいごとを言っているのと同じじゃないですか。そのバランスにいますごく悩んでいます。

有栖川 そこは悩むべきところじゃないですかね。

呉 自分が倫理にとらわれているなと思う瞬間があるんですよ。有栖川さんはどちらかと言うと倫理に踏みとどまる側の探偵を設定していますよね。学生アリスシリーズのがみろうもそうですし、作家アリスシリーズの火村英生もそうだと思いますけど、ミステリー小説、つまり人が殺される小説を書く作家は、倫理とどう向き合うべきだと思いますか。

有栖川 小説家が倫理、倫理ってうるさいこと言うと話がつまらなくなるんじゃない? と思う方もいるかもしれませんが、価値観のアップデートが進む昨今、倫理はますます大事なんじゃないかと思っています。というのも、私、新人賞の選考委員をやってるでしょう。「これは倫理がないな」という作品が時々あるんです。

2023.05.05(金)