◆「最後の一行」を光らせたい
呉 この言葉を言ったら読者はすげえ嫌な気分になるだろうなと、書く側もテクニックを駆使するわけですよ。そんな嫌なダイアローグを書くのはどんな気分だったのか。これが楽しかったんですよ、残念なことに。
有栖川 呉さんの小説はね、けっこう胸くそ悪い場面が出てくるんですよ。なんでそこまで書くかなというような残酷な場面、嫌な展開、暴力。その時に作者が読者に「面白いでしょう?」とか、「誰でも暴れたいっていう暴力願望がありますよね?」って感じで書いていたら、本当に嫌なものを書く人だなあと思うんですけど、呉さんはそうじゃない。いま「否定したい」っておっしゃいましたけど、呉さんは小説を信じていると思う。信じているから胸くそ悪い部分を書いていても、「嫌だなあ」で終わらないんですよ。心が悪いほうに振れることもあるけど、それも含めて人間だ、と。『スワン』の冒頭のショッピングモールの無差別銃撃事件とか。『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』の―――
呉 そう、『雛口依子』はもっと読まれてほしいんですよ、俺としては!
有栖川 じゃあ、アピールしておこう。『雛口依子の最低な落下とやけくそキャノンボール』。呉さんのベストスリーの一冊ですね。あれはめちゃくちゃ面白い。
呉 ほんとですか? もっと言ってください。
有栖川 最後の一行。あれは小説を信じている証しですね。皆さん、ぜひ読んでみてください。あれはすごいわ。
呉 あの作品は自分の中でも思い出深い作品で、すごく気に入っているんですよ。先ほど有栖川さんがおっしゃったように、世の中に残酷なこととか、ひどいことがたくさんあるんだよ、と書くのってそんなに難しくない。恥と外聞だけ捨てれば誰でも書けると言っても過言ではないんです。
それでもこの世界で生きることを肯定したい。そういう気持ちをどういうかたちで提出すればいいのかが難しい。そこをどう書くかが勝負所になるのかなと思うんです。『雛口依子』は僕の中でも圧倒的に下世話感があって、下品で、ひどいことがたくさん起こる小説なんですが、まさに最後の一行、その一行を説得力を持って光らせたい。そういうところから書いた小説なので、コンセプトがちゃんと実現できたなと初めて思えた作品です。
2023.05.05(金)