呉 僕なんか犯人とかまったく考えずに書き始めてしまうので、よく読むと犯人だけちょっと描写が多かったり、というところがあると思うんですね。それで今回、『爆弾』という作品では、問答無用で「この人が犯人です」と読者に提示してから始めようとしたんです。

有栖川 そうそう、『爆弾』は『このミステリーがすごい! 2023年版』の第1位でしたね。おめでとうございます。

呉 ありがとうございます。有栖川さんの『捜査線上の夕映え』だって第3位でしたが(笑)。
 それで、『爆弾』は犯人を書くのが一番のモチベーションだったんです。犯人が中心にいて、ほかの登場人物たちをその周囲に配置していくという感じでした。

有栖川 『爆弾』はまさに犯人を書く小説です。スズキタゴサクというおっさんが逮捕されて、取調中に「これから爆破事件が起きるぞ」と言い出して、本当に事件が起きてしまう。呉さんの小説には、作中で登場人物たちが長いディスカッションをする場面がたびたび登場しますけど、『爆弾』はとくにそこに絞り込んだ感がありましたね。取調室でスズキタゴサクがクイズみたいなものを出してきて、解かないと爆弾が爆発してしまう。東京のどこに爆弾が仕掛けられているのか。この男は何の目的でそんなことをしているのか。動機すらわからない。最初から「この人物はどういう人間なのか?」という点に興味を絞り込んでいる。ということは、作者はすごく長い時間、スズキタゴサクと対話しているわけですよね。

呉 長かったですね。で、ああいう作品を書いて、難しいなと思ったのは、物語としてはスズキタゴサク的なものを否定したいわけですよ。でも、もの書きは、スズキタゴサク的なものを書く時に、解放されるものが必ずあるんですよね。小説としてもスズキタゴサクの言動がチープすぎると読者に思われたらマズいから、程度の低いことをさも深いように言わせている。

有栖川 そこは『爆弾』の読みどころです。

2023.05.05(金)