有栖川 一九九二年が最初ですから、三十年経ちました。
呉 三十年で主要登場人物の火村英生と作家アリスは変わったとお感じですか。
有栖川 変わりませんね。同じ人物ですから。しかも彼らは三十四歳から年を取らない。
呉 サザエさん方式ですね。三十年間も同じキャラクターを書いていると、自分になりませんか? 作家アリスは、作家で名前も同じ「有栖川有栖」ですし。
有栖川 語り手が「作家の有栖川有栖」ということにしていますから、逆にあまり自分に似ないようにしようと思ってはいます。
呉 それは意識しているんですか。
有栖川 作中の作家アリスと作者の私とでは、スペックに二つ違いがあるんですよ。彼はクルマに乗ります。私はペーパードライバー。免許を取ってから一回も乗ってなくて、一メートルも運転したことがないんですよ。二つ目は、彼はお酒を飲みます。私はまったく飲みません。飲めたほうが行ける場所が多いから便利なんですけどね。かっこいいバーとか私は入れないからね、怖くて(笑)。
ただ、やっぱり、自分と同じ名前の作家を語り手にして、私とまったく違う価値観にはできなかった。自分から遠く離すのは無理だなと思って、細部を変えることにしたんです。そういうところで違いをつくって「私じゃない」と。それと三十四歳で年齢を固定しているので、だんだん作者の実年齢と解離していく。それはいいなと。
◆初めて犯人を中心に据えて書いたのが『爆弾』
呉 登場人物と出会うというお話をされましたが、犯人は毎回違うわけじゃないですか。そのたびに新たに出会えますよね。そこでお聞きしたいんですが、容疑者止まりの人間と真犯人では、描き方とか自分の中での位置づけが違いませんか。
有栖川 難しいところですね。犯人のことを書き込みたいのはやまやまなんですけど、ほかの登場人物と差がつくと「扱いが違う。こいつが犯人だ」と読者に見抜かれるから、とぼけないと。そこはたしかに制約になっていて、「だから本格ミステリーは面白くないんだよ」という人がいるのはわかります。でも、「えっ、この人がそうだったんですか」というのは現実にあるじゃないですか。真相がわかってから、そういえば、と印象が変わったり。それはそれで人間のリアルな描写だと思いますね。
2023.05.05(金)