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「いっぱいいっぱいなんじゃない?」

「ドラマが大好きなんです。ワンクール10本以上は必ず観ています。バラエティ番組を観るときは仕事のスイッチが入ってしまうけれど、ドラマは自分が出ているものをエンタメとして楽しめました。スイッチが入っちゃうかなと思ったら、変わらなかった。田中みな実が芝居風なことをやっているようにしか観えなかったら、ドラマ好きとしても許せなかったと思うんですけど、最後まで観られたから向いてなくはないと」

 「向いている」の代わりに「向いてなくはない」と言う。直感的な自信と、まだ実績を伴ってはいない現実が綯い交ぜになった言葉だ。

「向いていないものは、はっきりわかるんです。そういう直感が、たまに降って来る」

 ここまでのキャリアは、計画に則ったものではないと言う。

「見事にノープランです。ご縁だとしか言いようがない。ひとつひとつに意味があったと思っています。私の背中をおばあちゃんみたいと言った人は、彼としては最低でした。でも、彼とのお付き合いがなければ体を変えようとは思わなかった。大きな失恋をしたときも、闇深いキャラクターとして面白がられもしたし、共感してくれる女性もいた。ショックで摂食障害気味になったりもしたけど、そういう人に共感できるようになりました。この経験はしないほうがよかった、近道があった、と思うことはひとつもありません」

 田中は拙著『生きるとか死ぬとか父親とか』の原作ドラマで、オリジナルキャラクターのアナウンサー、東七海役を演じた。

 ラジオのキャリアが長く、局アナの経験もある田中に決定したと聞いたとき、私はとても嬉しかった。リスナーからのメールを読む場面が多いため、こればかりは、ラジオと原稿読みの経験がないと手に負えないと思ったからだ。

「心情を吐露するシーンで、役柄として本当に涙がこみ上げてくる初めての経験をしました。監督に、もうちょっと抑えてくださいって言われたの、涙を」

 芝居の最中は、俯瞰の視点が消えると言う。ひとりで家にいるときでさえ、必ず別の自分が自分を見下ろしている田中にとって、客観性を手放すのは初めてのことだ。

「台詞もあるし、感情もあるし。いっぱいいっぱいなんじゃない?」

 インタビュー開始時と同じく、こともなげに田中は言った。しかし、感情が理性の縁から溢れ出た事実に変わりはない。自分ではない「誰か」を演じることで、解放できる感情があるのだろう。

 これから先、芝居という新しいフィールドが、私たちに新しい田中みな実を見せてくれる。私はそれが楽しみでならない。

田中みな実(たなか・みなみ)

1986年、父の仕事の関係でニューヨークに生まれ、小学6年までロンドン、サンフランシスコなどを転々とする。青山学院大学卒業後、2009年にTBSにアナウンサーとして入社。『サンデージャポン』などで人気に。14年に退社。フリーアナウンサーとしてバラエティ番組のMCとして活躍。その後、更に活動の幅を広げ、19年に『絶対正義』でTVドラマ初出演。21年『ずっと独身でいるつもり?』で映画に初主演するなど俳優としても活躍中。

ジェーン・スー

1973年、東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、コラムニスト、ラジオパーソナリティ。TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」、ポッドキャスト番組「ジェーン・スーと堀井美香の『OVER THESUN』」のパーソナリティとして活躍中。『貴様いつまで女子でいるつもりだ問題』で第31回講談社エッセイ賞を受賞。著書に『女の甲冑、着たり脱いだり毎日が戦なり。』『生きるとか死ぬとか父親とか』『ひとまず上出来』『おつかれ、今日の私。』、共著に『OVER THE SUN公式互助会本』など多数。

田中みな実さん出演のドラマ『あなたがしてくれなくても』が4月13日(木)よりスタート!

キャスト:奈緒、岩田剛典、田中みな実、さとうほなみ、武田玲奈、宇野祥平、MEGUMI、大塚寧々、永山瑛太 他
原作:ハルノ晴『あなたがしてくれなくても』(双葉社)
脚本:市川貴幸、おかざきさとこ、黒田 狭
音楽:菅野祐悟
プロデュース:三竿玲子
演出:西谷 弘
https://www.fujitv.co.jp/anataga_drama/

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2023.04.13(木)
文=ジェーン・スー
イラスト=那須慶子