香港に通い詰めるようになって四半世紀以上。レストランのプロデュースも手がける美食家のカメラマン菊地和男さんは香港で何を食べているのか? 今回は菊地さんの定番料理と言えるメニューのベスト10を挙げてもらった。庶民の味から高級料理まで、ありきたりのガイドブックとは違う、奥深い香港の食の世界にご案内します。
秋がいよいよ深まってくると、香港の街を“上海蟹あります”の目印となる幟やバナーが彩る。上海蟹の料理は上海料理店の特権ではない。この季節になれば広東料理店のメニューにも、上海蟹の料理が季節のおすすめとして顔を見せることになる。
市場にも上海蟹を入れた竹篭がうず高く重ねられており、皆、うれしそうな笑顔を浮かべながら買い求めていく。江戸っ子は、女房を質に入れてでも初鰹を食う! という逸話があるが、香港ではまさに上海蟹がそんな感じなのか。
上海蟹は蒸篭で蒸し上げたものを黒酢とショウガで食すのが一般的。これなら家でも食べられる。レストランならば、さまざまに工夫された上海蟹の料理がメニューに並ぶ。豪快にブツ切りにして炒めたものや、ミソだけを丹念に集め、その濃厚な味わいを堪能できるものなど、この季節ならではの楽しみがたくさんある。
そんな中で、生の上海蟹を紹興酒ベースの漬け汁に漬け込んだ酔っ払い蟹は、とりわけ私をワクワクさせる。漬かり具合が浅いうちは、まだ生っぽさを感じる身と紹興酒の香りがストレートに伝わってくる。が、時が経つにしたがって、身はねっとりと引き締まり、漬け汁の味わいはまろやかになって身にしみ込んでいく。そんな頃合いが私は一番好きだ。
蒸し蟹がメニューから消える頃、季節のうつろいを名残惜しく思いつつ、酔っ払い蟹で一献。味わいが凝縮した身とミソのハーモニーを楽しみつつ、私は酔っ払い人になるのだ。
天香樓
所在地 尖沙咀柯士甸路18號C僑豐大廈地下
菊地和男
1950年東京生まれ。日本広告写真家協会会員。世界各国の食と文化をテーマに撮影・執筆を行うほかレストランのプロデュースにも関わる。1969年以来、香港には度々渡航。著書に『 香港うまっ!食大全』(新潮社)、『中国茶入門』(講談社)、『茶人と巡る台湾の旅』(河出書房新社)、『ダライ・ラマの般若心経』(共著/ジェネオン エンタテインメント)など多数。
2013.11.13(水)