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それでもつくりたい企画は通らなかった

――そこからやっと2人でつくるべき作品のテーマがみつかるわけですね。

渡辺 その後も深く話していくと、佐野さんはもともと法学部にも在籍していたこともあり、世の中の事件や裁判制度について興味を持っていることがわかってきました。死刑囚の日記を読んだり裁判の傍聴に行かれたりすることをライフワークにしていることも。だとしたら、やはり私はそれを生かした作品をつくりたいと思うわけですよ。

――これはもうラブコメどころではないですね。

渡辺 あるとき佐野さんから、未解決の冤罪事件についての話を教えてもらいました。当時の私はその分野については明るくなかったので、この国でいかに冤罪が起こりやすく、実際にそれでまだ釈放されてない人たちがいる事実に驚きました。調べていくうちに、これはぜひやりたいし、これならきっといい作品ができると確信を持つことができた。

佐野 ただ、やはりこの企画は通りませんでした。

渡辺 会社からしたらそうですよね。ラブコメをつくれと言われたのに全く違うものを提案しているんですから。じゃあもう言われた通りにラブコメをつくろうかという話も佐野さんとしたのですが、「もう私はいまさらあやさんとラブコメはできません! 私はこれをやります!」と言ってくれて。

――柴犬が檻から解き放たれた瞬間ですね……!

佐野 何も実現できる保証がないままでしたが、脚本をこのまま一緒につくってくださいと頼みました。とんでもない無茶を言っていますよね。今思うと、「バカ!」と思います。でもこれが、私の心からやりたいと思える作品だったんです。そのまま3話ほど台本ができた段階でキャスティングだけでも先に決めたいと思い、真っ先に長澤まさみさんにオファーしました。そうしたら、「ぜひやりたい」と快諾していただけたんです。「なんでこれをすぐにやれないの?」とも。

――長澤さんをキャスティングしたいと思った理由はなんですか?

佐野 演技がうまいのはもちろんですが、長澤さんは内にあるエネルギーをもてあましているようなところが魅力的な方だなと思っていました。

――さきほどまでのお話からすると、渡辺さんも人としてそういう方がお好きですよね。

渡辺 人間味があっていいですよね。整えたらどこまで行くんだろうと思うとわくわくします。佐野さんもやる気だし、長澤さんもやる気になってくださった。これは仕上げるしかないと躍起になり、2018年の1月に最終話まで書き上げました。その間にも佐野さんは放送できるところを探してくれていたのですが、ハードルは思った以上に高かった。しかも佐野さんも会社を休職するなどいろいろな事件が起きてしまい、もうこれは無理だと思いました。私としては諦めて、この脚本は佐野さんへのプレゼントだと思おうとしていたら……なんと佐野さんが不死鳥のように復活し、さらにパワーアップして戻ってきたんです。

――この間、佐野さんにどんな変化があったのでしょうか。

 2018年の末に、現場ではない部署に異動になってしまったんです。組織として人事の意図はいろいろとあったようですが、私はずっとドラマの現場にいたかったのでショックを受けました。ドラマをつくりたくて入社したのに、ドラマ部に戻るには社内政治でうまく立ち回らないといけない。そのタイミングで体調を崩したこともあり、しばらく休職を余儀なくされました。でも、やはり自分の人生の限られた時間はドラマづくりに費やしたい。その思いから、TBSを辞めて移籍することを決意しました。私はこの作品を絶対に成立させたいと思っていたところ、カンテレ(関西テレビ)が「これはやるべき作品だ」と背中を押してくれたのも、転職の大きなきっかけです。

――作品を放送できる場所がやっと見つかったわけですね。そして同時に新たな移籍先も。

佐野 あやさんに出会って人生が変わりました。そして出会えて本当に良かったと思います。プロデューサー業界では「あや詣で」という言葉があるんです。あやさんの仕事場である島根は神様が集まる場所じゃないですか。やはり行かないとダメなんですよ。東京では話せなかったことが、島根の緑豊かなあの仕事場で、あやさんになら話せるということが何度もありました。チャクラが開いてしまうんですよね。

» インタビュー【後篇】に続く

渡辺あや(わたなべ・あや)

2003年、映画『ジョゼと虎と魚たち』で脚本家デビュー。連続テレビ小説「カーネーション」が話題に。脚本を担当した作品は、映画『メゾン・ド・ヒミコ』『天然コケッコー』『ノーボーイズ,ノークライ』、テレビドラマ「火の魚」「その街のこども」「ロング・グッドバイ」など多数。民放ドラマの脚本を担当するのは、今作が初となる。

カンテレ・フジテレビ系ドラマ
「エルピス—希望、あるいは災い—」

毎週月曜日22時放送
初回の放送は10月24日(初回15分拡大)

出演者:長澤まさみ、眞栄田郷敦、鈴木亮平ほか
脚本:渡辺あや
演出:大根仁ほか

次の話を読む鈴木亮平が演じる役は 過去痛い目にあった男の集合体!? 決死の思いでつくった物語とは

2022.10.24(月)
文=綿貫大介