これだけ静かにしている芝居ってやったことがないかも
――『彼女がその名を知らない鳥たち』では、今村さんは阿部サダヲさん演じる陣治の学生証まで用意されたと伺いました。実際に映らなくても、役作りの助けになるならという理由で。
そうです、そうです。この人だったらこれを持つだろうとか、陣治だったらこういうところに免許証を入れているはず、というのを考えて仕込んでくれる。
今回だったら、家づくりをすごくこだわっているんですよね。榛村の家のシーンは1日だけの撮影でしたが、レコードの聴き方とか置き場所、紅茶を入れる道具に至るまでとことん考え抜かれているので、楽しいです。
榛村はロシェルというパン屋をやっていますが、その店のオリジナルキャラクターもすごくかわいいのを作ってくださいました。プリントされたグッズがエキストラさんのお土産になったくらい人気でした(笑)。
――役の解像度を上げてくれる美術ですね。
本当にそう思います。今回のロケ地だと“燻製小屋”と呼ばれるところがありますが、あの場所も素晴らしかった。ちゃんと劇中に出てくる水門が近くにあって、現地に行った時には「おぉっ」と思いました。
――本作の肝となる面会室のシーンも、実験的で非常に印象に残りました。被害者たちの映像が投影されたり、アクリル板が消失していたり……。
あのシーンはスタジオで撮影したのですが、湾曲した楕円型のセットを作っています。壁がゆがんでいて、その時点でもう「これは面白いぞ」とゾクゾクしました。普通、四角い部屋で撮ると思うじゃないですか。撮影前から「何が起こるんだろう」と感じていましたね。
面会室に被害に遭った子たちの写真が投影されるのですが、白石監督のアイデアで、彼の私物の16ミリカメラで撮影された映像を投影しています。その場で若手のスタッフに「見たことないでしょ? こうやって操作するんだよ」という映画講座が始まったりして、それもすごく良い思い出ですね。学校じゃないけど、映画を作る楽しみをみんなで共有できました。
――阿部さんがこれまで演じられてきた役と比較すると、今回は静の演技といいますか、動作が少ないですよね。
確かに、これだけ静かにしている芝居ってやったことがないかもというくらい初めてですね。僕、なぜか走らされることが多いんです(笑)。「今日も走ってるなぁ」とよく思うのですが、今回は子どもと遊んでいるときくらいしか体を動かすことがなかったので、珍しいですね。
2022.05.02(月)
文=SYO
撮影=平松市聖