必要とされる場所に身を置く

「うちのお馬さんたち、おじいちゃんおばあちゃんばっかりなの。まっすぐ歩くのも難しい子もいて、頑張ってリハビリ中なんです」

 那須高原の大自然に囲まれた広大な牧場で、紗栄子さんは愛おしそうに馬たちを見つめながらそう話す。彼女が栃木県大田原市に移住し、「那須ファームヴィレッジ」の経営を担うことになったのは、2020年夏のことだ。

 「最初にお客さんとしてここに来たとき、こんなすばらしい場所があったんだって感動したんです。でも、経営母体が変わって牧場の運営が危ぶまれているという話を聞いて。私に何かできないかと思ったことがきっかけでした」

 もちろん、牧場経営など全く未経験。逡巡したものの、「もし引き受けてくれるなら、自分たちはもっと頑張れる」というスタッフの言葉を聞き、運営に携わることを決心した。しかもすぐさま栃木に移り住んだのだから、その行動力には驚くばかりだ。

 「何から始めればいいかさえ分からないから、まずはここに飛び込もうと(笑)。以前は子どもたちの進学でイギリスに移住したことがありましたし、必要とされているところに身を置くのが、私にとっては自然なことなんです」

 紗栄子さんを最も必要としていたもの、それは引き取り手が見つからず、殺処分の可能性さえあった19頭の馬たちだった。誰かが守らないと、人間の都合で失われる生命があるという現実。

「それが、私がここに来た何よりの理由でした」

 自分の心を震わすものに出合ったとき、そしてやるべき使命を感じたときには、迷わず行動に移す。それが彼女の生き方。

 住む場所を変えるのも、目的さえあれば難しいことでも寂しいことでもない。必要とされている場所に行けば、そこで出会える仲間が必ずいる、と紗栄子さんは語る。

 「何かを飛び越えて一歩踏み出すことは簡単ではないし、失敗もある。けれど、大事なのは自分で道を選び、行動できるかどうかですよね。

 大きいことも小さいことも、日々選択のタイミングは訪れるけれど、結果を考えるより、まず自分の力で踏み出してみること。その小さな一歩が、人生を大きく変えることもあるんですから」

NASU FARM VILLAGE

東京ドーム11個分の広大な敷地を有し、ホーストレッキングや馬とのふれあい体験が楽しめる観光牧場。

所在地 栃木県大田原市狭原1298-1
電話番号 0287-54-0009
営業時間 9:00~17:00
定休日 水、第2・4木曜
https://nasufarmvillage.com/

2022.04.04(月)
Text=Yuko Harigae(Giraffe)
Photographs=SAI
Hair & Make-up=Midori Fukuda

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※この記事のデータは雑誌発売時のものであり、現在では異なる場合があります。

この記事の掲載号

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