シンプルな線で“ドンピシャ”な表情を描く

 例えば、「したり笑い」という言葉を聞いたとき、なんとなくのイメージやニュアンスは頭に浮かぶだろうが、ガチッと明確なものではないのではないか。

 そんなとき、ナガノさんのイラストを見てほしい。「これだ!」というドンピシャなものを描いてくれる

 昼夜逆転生活が続き、朝まで寝られない際の「絶望の微笑み」も秀逸だ。

 日常生活には、小さな危険や嫌なことがつきものだ。その辺りも、表情で完璧に魅せるところに、ナガノさんの非凡さを感じずにはいられない。

 熱されたお皿を持ったときや食べ物を口に運んだ時の「熱ッ!」という表情や、花粉症で苦しい時の限界を迎えた際の顔の状態など、どうしたらここまで緻密に表現できるのか(しかも、基本はシンプルな線なのが恐ろしい)、毎度見入ってしまう。

 可愛らしさをキープしつつも、びっくりするくらい表情にバリエーションがあるナガノさんのキャラクターたち。しかも、漫画やアニメの「デフォルメ」とは一味違う。元々がシンプルにそぎ落としたイラストのため、逆に「写実」、つまりリアルの方向に向かうのだ。

 表情のベースは簡略化されていながら、降りかかる事象に対するリアクションの表情がダイレクトかつピンポイント。いわば、言語を超えたコミュニケーションが描き手と読者の間に成立している状態なのだ。

 日常のよしなしごとを可笑しみあふれる筆致で描いてきたナガノさんは、端的に言えば「リアルを描く」作家。そして、その作風の根本に流れるのは、「優しさ」であるように感じる。

 個々人の感覚にもよるかとは思うが、ここ数年Twitterの過激度は増しており、誹謗中傷に対する問題解決もなかなか進んでいない印象だ。日々目にする映画・ドラマ・漫画・小説などでも、ネット上における市民の悪意を描いたものが増加傾向にある。

 そんなフィールドにおいて、ブレることなく日常の面白さをコミックエッセイの形で提示し続けるナガノさんの存在に、救われてきたファンは多いのではないか

 「ここに来れば、大切なものを取り戻せる」「クスッと笑えて、包み込んでもらえる」、そう思えるピースフルな場を、ナガノさんはTwitter上に築いてきた。

 食べること、寝て起きて、生活すること。ただただ素直に「生きること」を祝福し続けるナガノさんの“癒し効果”は、こうした時代においてますます重要になってきているように感じる。

2021.08.23(月)
文=SYO