あらゆる場面で「氾濫」しているかのように見える「させていただく」という表現。「させていただく」に対する世代別の受け止め方や近年の使われ方、「させていただく」人気の背景などについて、『「させていただく」の語用論—人はなぜ使いたくなるのか』著者の法政大学文学部教授・椎名美智氏に聞いた。

 2016年にSMAPが解散した際、ある言葉が話題になった。

「解散させていただきます」

 いまやあらゆる場所で見かける「させていただきます」表現の一例だ。

 言語学者である私が「させていただきます」という表現に興味を持ったきっかけは、ある敬語の講演会でのこと。講師の話が終わって質問タイムになると、年配の男性が手を上げてこう言ったのだ。

「先ほど会場の入り口で『受付表を確認させていただきます』と言われた。これは失礼な言い方ではないか? 偉くもない私を持ち上げたって、私は断れるわけでもないのに」

©iStock.com
©iStock.com

「させていただく」が高い頻度で使われると同時に、「させていただく」の氾濫を不愉快だと思っている人がいる。みんなが同じ受け止め方をしているわけではないということは、「させていただきます」が今まさに変化している表現だということなのだろう。

全世代、文法通りでない使用にも違和感はナシ

 では、具体的に「させていただきます」の受け止め方にはどのような差があるのか。

 10代から80代を対象に、約700人にさまざまな「させていただきます」の例文を見せ、それらに対する違和感を回答してもらうアンケートを実施したところ、意外なことがわかった。どの年代も、文法通りでない「させていただく」の使用にも違和感を感じていなかったのだ。

 

 文法書では、「させていただく」という表現には「恩恵性」があるとされている。つまり、「使わせていただく」というように、話し手に何らかの恩恵がもたらされる時に使う表現だ。

「恩恵性」がある例:

会議室を使わせていただきます。
◯◯さんの本を読ませていただいた。

 しかし、実際には、話し手に恩恵があるかないかは、全年代で「させていただく」への違和感に関係がなかった。年代で違和感の度合いが分かれたのは、じつは「使役性」や「必須性」の有無だったのだ。

「使役性」は、冒頭の「確認させていただきます」といった表現がそうであるように、許可を得る、という意味合いを帯びていること。

「使役性」がある例:

チケットを確認させていただきます。
契約内容を説明させていただきます。

「必須性」は聞き手の関わりが必須かどうかということ。たとえば、「卒業させていただきます」という表現では、聞き手がいなくても「卒業する」ことは可能なので「必須性」がない。

 日本語では主語や目的語が省略されがちなのでわかりにくいが、英語の“I send you a letter(私はあなたに手紙を送る)”のように、目的語としてのyouがでてくるかどうか、とも言い換えられるかもしれない。

「必須性」がない例:

◯△大学を卒業させていただいた。
コンテストで受賞させていただきました。

 本来、「させていただく」はこの「恩恵性」「使役性」「必須性」のすべてが必要な表現なのだが、実際には「使役性」「必須性」が両方あるか、片方あるか、両方ないか、で違和感が分かれており、若い世代ほど、「恩恵性」「使役性」「必須性」のすべてが欠けた表現に違和感を感じていなかった。

 冒頭の「解散させていただきます」も「恩恵性」「使役性」「必須性」がすべて欠けている表現なので、その意味では、「させていただきます」の用法の最新形なのかもしれない。

半世紀ほどで、「近い」表現と「遠い」表現に二極化

「させていただきます」表現は100年以上前から存在しており、1990年代に広く普及したと言われている。そこで、半世紀以上古いテキストと現在のテキストの2つのデータセットを使い、「させていただきます」の使用法の変遷を探ってみた。

「~してくださる」のように、もののやりもらいを表す動詞が(ここでは「くださる」)、別の動詞(ここでは「する」)の後ろに付いて、英語の助動詞のように使われる用法を「ベネファクティブ」という。私の調査では、「させてもらう」「させていただく」「させてくれる」「させてくださる」の4種類のベネファクティブを比較した。

2021.04.22(木)
文=椎名美智