人気の秘密は「自分を丁寧な人」に見せてくれる表現だから?

 この「させていただく」の使い方の変遷からは、「させていただく」が相手に触れずにへりくだる、「丁重語」化してきていることが窺える。そして、この丁重語化にこそ「させていただく」人気の秘密が隠れていると私は考える。

 従来の敬語は、相手に敬意を表すために相手を上げたり、自分をへりくだらせる表現だった。しかし、昨今の「させていただく」の用法には相手の存在が実際にはなく、敬意が相手に向かっていかない。むしろ、自分は丁寧な人である、と自分の品位をあらわすマーカーとなっているのだ。

 そんなマーカーが好まれる背景には、人間関係がフラットになってきていることや、人間関係の匿名性が増したことがあるのかもしれない。

 小さなコミュニティでは自明な上下関係も、不特定多数と関わる大きなコミュニティでは不明瞭となる。そんな状況では、とりあえず自分を丁寧な人に見せることができる「させていただく」は便利な表現なのだろう。

 

言葉から「敬意」がすり減ってきていることも関係している

 また、「させていただく」人気には、敬語につきものの「敬意漸減」も関係している可能性が高い。

 今、見下すような言葉とされている「お前」「貴様」などといった言葉は、漢字で書くともとは丁寧な言葉であったことがわかる。これは、言葉を使っているうちに、そこに込められていた敬意がどんどんすり減っていき、それまで丁寧とされてきた言葉が丁寧でなくなっていく作用があるからだ。

 同様のことは現代でも起きており、自分がへりくだる丁重語の「いたします」のような表現も、今は「偉そうだ」と反発を受けることがある。既存の丁重語の敬意がすり減っていく中で、代替表現として人気を博しているのが「させていただきます」なのかもしれない。

 しかし、そんな「させていただきます」表現の敬意にも、すでにすり減りの兆しがある。

「させていただきます」と言い切ると冷たい感じがするためか、「させていただきますね」という風に語尾に共感の終助詞「ね」を付けたり、「させていただいてもよろしいでしょうか」と疑問形にする表現が増えてきた。

2021.04.22(木)
文=椎名美智