会議で「させていただいてございます」という、とても丁寧な表現を耳にすることも増えてきた。「おります」の敬意がすり減っていると感じて古風な「ござる」に置き換えた結果、敬意のてんこ盛りになっている……、と感じる。

相手から遠ざかりすぎない、上手な表現を

 私はコミュニケーションを分析する言語学者なので、「この言葉はこう使うべき」と主張することが仕事ではないし、言葉の変化は非常におもしろいと感じている。しかし、今の「させていただきます」の用法に、時折り歯がゆさを感じることも事実だ。

「丁寧なら怒られないだろう」という空気が今、もしかしたら社会を包んでいるのではないか。たとえば、芸能人であれば「この人は敬語が使えない」とバッシングされないよう、「させていただく」を使っておく、というような……。

 先ほども指摘した通り、「させていただく」は相手に触らない、相手から「遠い」表現でもある。「私は丁寧な人です」という「印」であると同時に、他人に対するバリアとしても機能してしまう。

 これからの私たちは、ただ自分が勝手に丁寧になるだけでなく、他人に近づく言葉、他人と親しくなる言葉をもっと意識してみてもいいのではないだろうか。

「させていただく」の語用論—人はなぜ使いたくなるのか

椎名美智,小林真理(STARKA)(装丁・装画)
ひつじ書房
2021年1月28日 発売

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2021.04.22(木)
文=椎名美智