●ボルダリング部で青春した『のぼる小寺さん』

――今年公開された『のぼる小寺さん』で演じられた、ボルダリング部の先輩・津田役も魅力的なキャラでした。

 後輩の小寺より巧く登れなければいけない設定なので、とにかくボルダリングの練習に熱を注ぎました。ただ、現場では小寺役の工藤(遥)さんも、後輩役の(鈴木)仁さんも、同い年で、負けず嫌いな性格なので、それぞれが切磋琢磨していましたし、ボルダリング愛が強い先輩役を演じる自分はそれを鼓舞する役割なのかな、と思っていました。手は豆だらけで痛かったですが、仕事を優先して、学生時代は部活をやっていなかったこともあり、「青春」できて、とても楽しかったです。今ではボルダリングが完全に趣味になりました(笑)。

――NHK朝ドラ「エール」では、呉服屋「喜多一」の店員・志津雄役を演じられましたが、周囲の反響などいかがですか?

 ほかの現場などで、「田中くんは志津雄だったんだね!」と言われています。「エール」だけじゃなく、「この作品にも出ていたんだ!」と言われることが多いのですが、それは誉め言葉だと捉えています。志津雄はセリフが多い役ではありませんでしたが、「後ろに映っているだけで追ってしまう」といった反響などをいただけたことで、あの世界の中にいることができたという自信にも繋がりました。

――最新出演作『十二単衣を着た悪魔』では、光源氏を弟に持つ第一皇子・春宮(とうぐう)を演じられました。

 これまで時代劇に出演することが多かったので、和服を着る違和感みたいなものはなかったのですが、さすがに平安時代の役は初めてで、ちょっとパンクしそうになりました。「源氏物語」などの資料を読むだけでなく、烏帽子を被っているので、ぶつからないように足を曲げて部屋に入ったり、歩数や歩幅といった所作を意識しながらセリフを言うのが、とにかく大変でした。

●黒木瞳監督と河瀨直美監督

――そのほかの役作りについては? また、黒木瞳監督の演出はいかがでしたか?

 優れている弟に嫉妬するわけでもなく、そんな自分を受け入れながら、母上である弘徽殿女御のために何ができるか? ということを考える役柄なので、自分の兄弟や家族をいろいろと考えながら演じました。黒木監督は一語一句、丁寧に扱われる方で、セリフの合間の呼吸の長さや声の高さといった役者として基礎的な部分を、みっちりと勉強させていただきました。これまで感情を優先してきたこともあってか、「自分はこんなに基礎ができていなかったのか?」と思うほどでした。

――この作品では、どんな新しい田中さんが見られると思いますか?

 感情をグッと堪えて、誰かのために尽くすという役を演じたのは、初めてだったと思います。そして、難しいセリフの裏に隠れた家族愛などの感情を、現代からタイムスリップしてきた主人公の雷(伊藤健太郎)とリンクさせようと、心掛けながら演じていました。そういうところも注目していただきたいです。

――現在公開中の河瀨直美監督作『朝が来る』でも、物語のキーマンとなる、中学生ながら父親になった巧役を演じられています。

 河瀨監督の作品で、重要な役柄を演じられる喜びも大きかったですし、現場では役者としての在り方を学ばせていただきました。そのときの感情を大切にされる河瀨監督は、完全に作り込まれる黒木監督と正反対だったこともあり、新たな経験をさせてもらいましたし、撮影後も役から抜けることができないぐらいでした。

2020.10.23(金)
文=くれい響
撮影=佐藤 亘
スタイリスト=前田勇弥
ヘアメイク=井坂まあさ