高校卒業後、西武百貨店に入社し販売員に
安野 若い頃、ドサ回りの芸人みたいなことをやってたらしいんですよ。
近田 人に歴史ありだね。
安野 最終的に父は、行商の魚屋を、一代でスーパーマーケットにまで成長させました。
近田 おお、ひとつの立志伝だねえ。
安野 ただ、働き過ぎが祟ってか、父は、年が行ってから、道端で倒れちゃったんです。その場所というのが、私と一緒にお弁当を食べていた橋だった。父は、思い出深いあの橋が大好きで、何かにつけては訪れていたらしい。
近田 うわあ、ドラマティックな展開だなあ。
安野 結局、父は、70歳を過ぎた頃に亡くなりました。
近田 今、お父さんの築き上げたスーパーはどうなってるの?
安野 私には弟が人いるんですが、全然社会性がなくって、店を継ぐこともなく、結局廃業しちゃいました。建物は、私が仕事で使う衣装の倉庫になっています。
近田 じゃあ、そろそろ、安野本人の人生の話に入るとしようか(笑)。
安野 最初にお話ししたように、私は、高校を卒業して西武百貨店に入社したんですよ。当時は、学生運動の余熱がまだ残っていたじゃないですか。だから、親も大学に行かせたくなかった。私自身も、早く社会人になりたかったしね。
近田 それで、販売員になったのね。
安野 ええ。普通の新入社員は制服を着て売り場に立つのに、私はショップ販売部という部署に配属され、最初に触れたウエストビレッジを担当することになり、そこで扱っている洋服を着ることになったんです。そのブランドというのが、こぐれひでこさんがデザインしていた「2CV(ドゥーシーヴォー)」だった。
近田 それが、後の布石になるわけだね。
