なぜ「ななつ星 in 九州」は愛され続けるのか。おもてなしの原点を知る至高の匠が語るその魅力

 世界各国の旅人を魅了するクルーズトレイン「ななつ星 in 九州」。その誕生前夜からこの列車と深く関わってきた至高の匠たちが、魅力の源泉を語ってくださいました。

◆人と人を繫ぐことで創られる新たな価値

 約400年にわたって歴史を紡いできた有田焼。なかでも今右衛門窯は、正統の伝統を守るこの地を代表する名窯であり、その十四代を継ぐのが人間国宝・今泉今右衛門さん。「ななつ星 in 九州」との縁も深い匠です。

「運行が始まるずっと前、車内調度品の制作依頼をいただきました。ちょうどアンティークの花器が手元にありまして、こんな感じのものを作りたいと話すと、水戸岡さんがいいですね! と」

 デザイナー・水戸岡鋭治さんとの会話から生まれた一輪挿しには、季節の花が活けられ、ラウンジカーに気品をもたらし、同じ文様のティーカップでは香り高い紅茶も提供されています。

 しかしながら依頼を受けた当初、「ななつ星 in 九州」がどんな列車になるのか、誰も知る由はなかったといいます。

「やきものを作る際、今までと違うものを作ると、少々やりすぎたかなと、だんだん不安になることがあります。そのとき、とある方がこうおっしゃったのです。不安があるからこそ緊張感が生まれるのだと。この仕事でもその不安を抱えながら一歩を踏み出す大切さを実感しました」

 有田焼の約400年は、人との関わりの歴史でもあったと語る今泉さん。

 人々の暮らしのために器を作る、それは常に人に向かって作るということ。そのなかで美意識が磨かれ、進化が生まれてきました。そして、もちろんモノづくりの現場にも、さまざまな人が関わります。

「有田焼は伝統的に分業の仕事です。ロクロも、線描きも、窯焚きも、すべてがスペシャリストの仕事。それらが合わさって、ひとりの人間では絶対に成しえないレベルのものができるのです」

 そして「列車も人と人を繫ぐものですよね」と今泉さん。

 九州の知られざる魅力を深掘りしてきた「ななつ星 in 九州」の旅も、決して列車単体では完成することはありません。それは、地域の人々の多大な尽力によって創られているから。

 だからこそ乗客にはその土地への深い共感が芽生え、乗客同士やクルーとの間に幸福な連帯感も生まれるのです。人と人を繫ぐ……それこそがこの列車を唯一無二のものとしているのでしょう。

◆列車に宿る想いへの共鳴、それが生み出す革新

 420年以上の歴史を有する薩摩焼・沈壽官(ちんじゅかん)窯。その十五代沈壽官さんも「ななつ星 in 九州」の誕生に深く関わったひとりです。

 鹿児島市街から車で約40分、里山の風景が残る美山の地で受け継がれてきた薩摩焼。その精緻な造形、豊かな色彩表現は時代を超えて人々を魅了してきました。

 「ガスも電気もない時代から登り窯でこれだけのことを成してきました」と語る沈さん。長きにわたり窯を守ることができたのは、伝統と革新にあるといいます。

「時代によってモノづくりは変わります。薩摩藩主・島津家が開いた薩摩焼の場合、藩主の方針により“今度は海外だ”といった感じで、そのたびに新しい技術を取り入れてきました。その蓄積があるからこそ、技はもちろん、表現の多彩さも随一となったのです」

 それでいて、決して揺るぐことのない薩摩焼の美意識。そこには、作り手のなかに強い確信があるのだといいます。

「すべてのことは革新的に登場します。その革新が多くの人々に受け入れられたとき、伝統へと変わるのです」

 大切なのは伝統を正しく伝承すること。その正しい伝承のなかから時として革新が生まれ、その革新が地層のように堆積したものが伝統となるのだといいます。

「ななつ星も革新的でした。従来の九州観光のステレオタイプとは異なりましたから。列車がスイッチバックする山奥の駅で村人が手を振ってくれる……。それこそが“ごちそう”なのだと。大小、色の違う輝きが“レイルロード”というネックレスで繫がる。この発想が画期的だったのです」

 準備期間から「ななつ星 in 九州」に関わってきたという沈さん。旅について想いをめぐらせながら、自分たちなりにできることをずっと考えてきました。

「なによりこの列車に共鳴できたからこそ、これまで一緒に走ってくることができたのだと思います」

 列車がきっかけとなり、絵付け体験工房に加え、このたび茶寮も新設。

「しばしば時が止まったように、ここで過ごされるお客様がいらっしゃいます。歴史の蓄積が磁力となり、ほかとは違う時の流れが生じるのかもしれません」

 次なる旅では、3泊4日コースにて有田焼への訪問が復活。さらに沈壽官窯では、乗客のために茶寮にて特別な薬膳朝食が用意される予定です。

 伝統を敬いながら革新を忘れない。「ななつ星 in 九州」は、日本の鉄道旅における新たな伝統への道を進み続けているのです。

今右衛門窯[佐賀・有田]

imaemon.co.jp

沈壽官窯[鹿児島・日置]

chin-jukan.jp

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